第230話 ちょっと欲しい物があってね


3人集まれば文殊の知恵……じゃないけれど、3人いると餃子がもの凄い勢いで出来ていく。

乗り切らなくなって次のお皿を出しても、それすら直ぐに埋まってしまうのはリークさんの手際がいいのと、ウィルがかなり慣れてきているからだ。


リークさんは何でもできるイメージが強いけど、ウィルも覚えが早いというか要領が良いところあるよね。

ちなみに私はシソ(っぽいもの)を入れたりチーズを入れたり、変わり種を作っています!


うん、これだけあれば保存用も十分確保出来るね。

バックヤードのデイリー冷蔵庫に入れておけば、いつでも取り出して料理に使えちゃうし!

まぁ、バックヤード自体が時間が止まるアイテムボックスで、そのまま置いていても平気っちゃ平気なんだけどぉ。

常温でナマモノを置いておくことにはやっぱり抵抗が……。


「流石にフライパンは標準サイズしかないから、少しずつ焼いていくしかないね」


犬堂さんが手慣れた動きで餃子をフライパンの上に並べていく。

魔法石で火の付いたコンロに置いて、水を入れて蓋をして……全く動きに無駄がない!

あの社畜飯しか作れない犬堂さんが?!料理をしている!!


感動のあまり熱い眼差しで過程を凝視していた私に犬堂さんが気づく。

そして、おもむろに手にしたフライ返しをクルリと回転させて見せた。

犬堂さんもみんなとお揃いの犬のプリントをしたエプロンを着ているんだけど、にっこり笑う姿が、イケメンクッキングコーナーみたいだ!!


「びっくりした?実は僕、椎名君ぐらいの時、餃子の王手でバイトしていたんだよねぇ」


「え!?あの餃子の王手で!?」


「なんだそれ」


私が素で驚愕したのが珍しいのか、ウィルが餃子を作る手を止めながら頭を傾げる。

ウィル、知らないの!!!いや、知らなくて当然か。


餃子の王手、それは日本全国で知らない人はいないってぐらい有名な中華料理のチェーン店だ。

リーズブルな値段で本場の味が楽しめると、老若男女に大人気。

特に餃子はおいしくて、一度食べると忘れられない味なのです。


「私の世界にある料理の専門店。どこの街にもだいたいあって美味しいんだよ、チェーン店だから味も均一だしさ」


「ちぇーん……?」


「簡単に言うと同じ屋号のお店がたくさんあるって事だよ。2号店、3号店といった風にね。とは言っても、僕はホール……えっと給仕の方が多かったから、調理の方は手伝い程度だったよ」


確かに犬堂さんなら高校生時代でもイケメンそうだし、ホールに立ってる方が華やかでいいかもなぁ。

仕事もササッと出来そうだし。


「よっと。はい焼けたよ」


そうこうしている間に、周囲に漂う香ばしい匂い。

目の前に現れた餃子は、こんがり焼け目と薄い羽の付いた完璧な焼き具合です!

お腹がぐうと鳴いてしまいそう!


「わ!すごい!円形だ!!」


お店みたいにぐるりと円を描くように並べていて、凄く見栄えが良い。

SNSとかで盛り上がりそうな見た目にテンション上がっちゃう。

前から薄々思っていたんだけど犬堂さんって、盛り付けが特に上手な気がする。

流石デザイナーさんだなぁ。


「これは焼いてる途中に蓋を開けて確認したりしなくていいのか?」


リークさんが犬堂さんの餃子を焼く様子を眺めながら質問する。

さながら料理教室のように、犬堂さんはいい質問だね、と笑った。


「餃子の皮は薄いから、触りすぎると中身が出てしまう可能性があるんだ。それに蒸した方が均等に火も通って安全だよ」


「なるほどなぁ」


「この広がった焦げ目部分は僕たちの世界じゃ『餃子の羽』って言って、この部分も美味しいんだ。底に焼き目が付きだしたら頃合いなんだけど、この辺は感覚で覚えるしかないかな。リーク、焼いてみる?」


「任せろ、マスターしてやるぜ!」


意気揚々とフライパンを握ったリークさんに対して、犬堂さんがスッとエプロンを外した。

それを見て、ウィルが眉を潜める。


「何だ、リークに任せてケンドーは休憩か?」


「僕も後で手伝うとも。ただ、ちょっと欲しい物があってね」


そう言うや否や、犬堂さんがおもむろに私を見た。

何だろう。凄く熱のこもった視線に射抜かれて、気後れしちゃう。


「椎名君にしか頼めないんだけど」


あっ、もしかして胃薬かな。

前にバーベキューをした時も犬堂さんってばあんまり脂っこいのはキツいって言ってたし。

任せてください!絆創膏と一緒に胃薬がバックヤードに置いてあったのをこの前見つけましたから!


「勿論です、さっそく胃薬取ってきます!」


意気揚々と胸を叩く私に、犬堂さんは何故か唇を噛んで頭を左右に振る。


「違うんだ、違うんだよ椎名君!」


「え、違うんですか?」


「……本当に申し訳ないんだけど。コッチ」


そう言うと、犬堂さんは自分の手をクイッと口元で上下に降って見せた。

その手はまるで何かと握るようなジェスチャーをしている。

取っ手?何かを握って口元で大きく傾ける……。


カチカチカチカチチーーン!


答え合わせのように頭の中で映像が再生される。

汗をかいた大きなジョッキグラスに、並々と注がれた金色の液体と蓋をするみたいに乗った弾力のある泡。


「ビール!?」


まぁ、餃子にビールは……定番です、よね!?

私は知らないけど!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る