第227話 私の銅像とは


「ん?」


思わず声を出したのは、思いがけない文字が入ってきたからだ。

コリンさんに促されるまま手にした書類をパラパラとめくった時に、重要、と赤いペンで丸が付けられているページを見つけた。


「星詠みの巫女、銅像化……許可?」


「あぁ、それですか。実は今回の件で星詠みの巫女を讃えようという声が多く広がっていまして。破壊された冒険者連盟の広場に復興のモニュメントとしてお嬢さんの銅像を建てようと計画しているんです。丁度、あの辺りですね」


銅像ってあの駅前とかに建ってる著名人とか偉人のやつだよね!?

そして指差したあの辺りって本当に街の中心なのでは!?


「そ、それはさすがに……」


「何でだ?別にいいだろ、銅像ぐらい」


ウィルがきょとんとした顔で言う。

銅像ぐらいって何!?ウィルの所ではそんなにホイホイ銅像建てちゃうの??

基準がよく分からないんですけど!


念のためリークさんに視線で助けを求めてみたけど、リークさんはうんうんと頷いているだけで助けにはならなさそうだ。

こっちの世界では銅像ってもしかしてハードル低めなのかな。


「先程も言いましたが、冒険者連盟が支援すると同時に、ウォールはお嬢さんを信仰し続けます。ここが星詠みの巫女の街となると思ってくれていい。家のようなものですよ」


その言葉を聞いた瞬間、私は自分の家を思い出した。

白い壁に黒い屋根。二階建ての一軒家。

車2台分の駐車スペースに小さいながらも庭もあった。

玄関から二階へと繋がる吹き抜け天井から入る太陽の光が、好きだった。


でも、その家にいるのは私だけ。


駐車スペースはいつも開いていて空っぽ。

広い玄関にはいつも私の靴しか置いてなかった。


コリンさんが「ウォールを家だと思ってくれていい」って言葉がもし本当なのだとしたら、凄く幸せだな。

私が何処へ旅立っても、ウォールという家には街の人達が「おかえり」って待ってくれているってことなんだから。



「あのっ……銅像を建てたら、みんな『おかえり』って私を迎えてくれたりしますか?」


「どういう意味でしょう?」


私はコリンさんに我慢出来ずに聞いてしまった。

上手く言葉にできなくて、コリンさんは聞き返してきたけど、私の背後でウィルが浅くため息を吐く。


「コイツはウォールで自分が復興の証になれば、皆が街の一員として認めてくれるかって言いたいんだよ」


ぼすんっと乱暴に私の頭へと置かれるウィルの手。

わしわしと撫でる手つきすら、ちょっとだけ以前よりも優しく感じてしまう。


「あぁ、なるほど。勿論ですよ、貴女は私達を救ってくださったんですから」


コリンさんが深く頷き、返してくれる。

心臓がドキドキしていた。

このドキドキはこれまで感じたことのない、達成感が強く滲んだドキドキ。

生まれて初めて、帰る場所が出来た瞬間を刻む興奮なんだから。


「銅像の大きさや具体的な形はこのような案になっています」


「もうそこまで進んでるんですか!?」


「勿論です。鉄は熱い内に叩け……とも言いますし。街一番の彫刻家にお願いする予定です」


「わぁっ!どんなのになるんだろう、楽しみだなぁ」


「草案になりますが、ご覧になりますか?」


「見たいです!!」


銅像なんて言われた時はどうしようかと思ったけど、私の銅像が立つことで皆が幸せになるんだとしたら、それはそれで良いよね!

恥ずかしさよりも嬉しさが勝るから、今ならどんな銅像案を出されても快諾しちゃいそう。

西郷隆盛の銅像みたいに神獣を神々しく連れているとか?

それとも、ミロのヴィーナスみたいに神秘的でミステリアスだったり!

いっそ自由の女神みたいに大きくてもいいかもしれない!!


「こちらになります」


「わーい!!どんな……の……」


コリンさんが取り出した紙を嬉々として受け取る。

刹那、私の笑顔が完全に固まってしまった。


「おお~、良い作りじゃねぇか。バランスも綺麗だし巫女としての威厳や神秘性もしっかり作り込まれてる」


「オレもそう思うぜ。シーナの少女らしい可愛らしさも表現出来てる。この作風はもしかして、ミケラン・パパラッティか。凄い奴に頼んだな!」


「私、芸術方面にも少しコネがありまして。星詠みの巫女の事をお話すると地獄のような納期ですが喜んで承諾してくださいました」


フフフ、と不適な笑みとは裏腹に良い仕事をしたと胸を張るコリンさん。

ウィルやリークさんも銅像のラフを見て大絶賛していた。

私だって2人と一緒に声を上げて喜びたい。

でも、出来ない。これは出来ないよ。

なぜなら……。


「……こ、この左手に持っている物はなんでしょう」


ブルブルと声が震えている。


「あぁ。それは勿論『神具スーパーレジカゴ』です」


にこやかにコリンさんが説明する。


紙には銅像の完成図が草案とは思えない精密さで描かれてあった。

私の銅像が右手を天に掲げ、微笑みながら目を閉じて祈っている姿。

そこまではいいの、むしろ想像の何千倍も神秘的で素敵だったから!

まるで私じゃないみたい。


問題はそこじゃない。

開いた左手に持たれている物が問題なの!!!


スマイルマートのロゴが入ったレジカゴまで銅像化してるんです~~!!!


「ど、どどどどどうしてコレも銅像化しようとしたんです!?」


挙動不審なまでに動揺する私にコリンさんは無言で頷いた。


「この神具がウォールの人を救った星詠みの巫女の奇跡のひとつだからです」


ピカーーー!そんな光が発せられそうなまでに美化されたレジカゴ。

違う、違うよ!

確かに人は沢山救ったかもしれないけれど、こんなに堂々と腕にひっかけるようにレジカゴを持っていたら、完全にスーパーへ買い物に来ていた主婦の銅像でしょ、これ!!!


どうしよう、どうやって説明しよう。

このレジカゴは神具ですけど、銅像にするのはちょっと変……駄目だ、全然説得力がないよ!


「もしかして、お嬢さん……」


ハッ、とコリンさんが真剣な表情で私を見る。

もしかして、レジカゴを持たせたくない私の気持ちに気づいてくれた!


「信仰神の名前が入っていない事を憂いていますか……」


「は、はい?」


「配慮が足りず、申し訳ございません。万物の創造神は勿論のこと巫女にも様々な流派・主要神があります。そちらの宗教名は勿論銅像に彫らせていただきます。確か……そう、スーパーマーケット教でしたね」


違う、違うんでああああノートにメモってる!!

喉まで出掛かった否定の言葉を塗りつぶすように、コリンさんが笑顔でさらりと草案に追記していた。

あぁ、意気揚々とこの銅像の企画書を作ったんだろうな……。

想像しなくていい所まで考えてしまって、私は結局「はい」と頷いてしまった。


こうして、ウォールの地にはレジカゴを持った私の銅像が、建造されることになったのであった。


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