第224話 【別視点】コリンの盤上 3


「何を言い出すかと思えば。星読みの巫女は余の妻である。マクスベルンの法で裁かれる事などあってはならぬ。その様な事であれば、早々に余は妻を連れてコストラへ帰国しようぞ」


息巻くロレンスにヘンリーは言い返す。


「妻?まだ結婚してないんだろう。なら火遊びと一緒だよ、君に星読みの巫女を自国へ連れて行く絶対的権利はないはずだ」


「いやある。婚姻の式もほぼ終わっていたしな。貴様にもわざわざ招待状を送ったであろう、知らぬとは言わさぬぞ。此度の件は、余の結婚式の最中に起こった事であったからな」


「そういえば届いていたね」


「貴様の名代という不躾な薔薇騎士が邪魔なぞしなければ、式も無事終了していた。ならば尚の事、貴様に止められる義理などないわ」


「名代の薔薇騎士?」


一瞬、ヘンリーが瞳を細める。

唇に伸びた指先が悩ましげに彷徨ったかと思えば、背後に使える騎士へ小声で何か指示を出した。

それをロレンスは射抜く。


「どうした、薔薇の棘を抜き忘れたからと部下に尻拭いか?愚かな、所詮貴様は白薔薇とは名ばかりの雪に埋もれた冬薔薇。冬薔薇は冷たく枯れゆくもの……ハッ、王になれぬ貴様そのものではないか」


「……」


カチンと金の音が鳴り響いた瞬間、ヘンリーはいつになく落ち着いた笑みを携え、軽く手を上げ背後に使える騎士を制す。

背後の騎士は目が限界まで瞳孔が開き、ただ真っ直ぐコストラの若き王子を捕らえていた。


まるで手に負えない獣のようだ。

私は本心でそう感じる。


「やめろウォリック。剣から手を離せ」


「……かの者は貴方が王に相応しくないと言った。決して許されるべき言葉ではない」


「余を殺して赤薔薇となるか?血に染まった冬薔薇の王など、誰も見向きはせぬわ」


「貴様っ!!」


「2人とも、話し合いの場は暴力を禁じています。どうか己の行動が立場有る者のするべき行為かしっかりと考えて頂きたい」


不穏な空気漂う場にて私はかろうじて業務を全うすることが出来た。

市長は完全に空気にのまれ存在の意味をなさない。


「三度目はない。ウォリック、剣から手を離せ」


「……ハッ。Your Majestyユア マジェスティ


「なに、白い冬薔薇は愛を捧げる花となる。悪くないさ。それに私はどんな薔薇よりも美しく気高く咲き誇る。そうだろうウォリック?」


「……あぁ」


その絞り出すような声に、腹の底から疼く歪んだ感情を垣間見た。

錆色が混じるオレンジ色の髪をした騎士。

第二国位継承者をMajestyマジェスティと呼ぶとは、なんとも深い忠誠心だ。

この者が仕えているのはノースベールではなく、ヘンリーただ1人だと解る。


さて、とヘンリーが一際明るい声でロレンスと私達を見渡した。


「我々ノースベールとしては星詠みの巫女を保護したい。ウォールで監禁生活など、うら若き乙女には相応しくないだろう。その点、我が国は自然の要塞とも言える大国だ。騎士の誇りにかけて、生涯守りきろう。いかがかな?」


「そ、それは……」


市長が思わず言いよどむ。

彼に下された命令は恐らく、星詠みの巫女を盾に両国への権勢。

そこから同盟に優位な条件を結ぶことだった筈だ。


だが、小物では彼等には敵わない。


星詠みの巫女を手に入れさえすれば、神獣まで手に入る。

マクスベルンの地に留まる生物であっても、神獣は星詠みの巫女と供にある。


ノースベールの「守りたい」

コストラの「愛したい」

マクスベルンの「共にありたい」


違うでしょう。

彼等は皆、自国の為や己が目的の為に星詠みの巫女が欲しいだけだ。

それは強大な力と権力の象徴となりえるから。

幼い少女を物のように扱い、利用する。


しかし、だからこそ、彼等は王となりうる者達なのだ。


私はただの市民だ。彼等の頂には届かない。

日々人々と目線を合わせて生活をし、人々と同じように生活をする。

だから、震える手で賢明に祝福を与えてくれた少女を裏切りたくはない。

私は、冒険者連盟のコリン。王になる必要はない。

いつも通り自分の仕事をするだけだ。


「私からもよろしいでしょうか」


同じように一言断りを入れ、手を上げた。


「今回の件に関して、神獣を復活させたのが星詠みの巫女である可能性は極めて高いかと思います。しかし、それは意図的ではなく偶発的なのでしょう。なぜなら、巫女がいたのは先ほどロレンス様が仰った結婚式の最中だった、そう報告が上がってきているためです」


淡々と、いつもの業務報告のように続ける。


「由緒ある結婚式を巫女が承諾せず進めていたなら、自分で蘇らせた可能性もあります。しかし、そうではないのなら、巫女はただ偶然に、己が臣下を蘇らせただけ。そして破壊は、そこにたまたま街があった結果、と仮定します」


「………………ほう。では罪は巫女にあると貴様は言いたい訳か」


「いえ、罪人は我々ウォールの民。神獣の眠る地に知らず街を建て、その恩恵を知らぬまま長き時を生きた。それこそが覆えようのない罪でしょう」


私は緊張を殺し、浅く息を吸う。


「ウォールはこれより、星詠みの巫女の地として生まれ変わります。彼女を讃え、決して忘れません。そして、冒険者連盟は星詠みの巫女を支持し、支援すると誓います」

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