第222話 【別視点】コリンの盤上 1


ウォールを襲った未曾有の危機。

地下に眠る神獣が復活して暴れ、それと同時に街を襲ったモンスターの群による被害は甚大だった。

結果、神獣は新たな星詠みの巫女によって征され、この地を離れた。

モンスターは神獣の放った生命の雨により一匹残らず死亡。

街の危機は去った。


とはいえ、すべて元通りとはいかなかった。

建物の崩壊の多くは神獣のもたらした雨によって復興したが、雨が当たらなかった部分は直っていない。

建物の壁は直ったが、壁に埋もれていた割れたカップは直らなかった、と言うように。


数多くのケガ人。死者も少なからず出た。

もちろん、亡くなった人は戻らない。


ここ100年は戦争と無縁だったウォールにとって、この件は見逃せない事件となった。

よって、ウォールの各自治区から代表者を集め話し合いが行われた。


「ごほん……ではこれより、今回の神獣事件について話し合いを始めようと思う」


巨大な円卓を取り囲む5つの席。


下座の席に付く中年の男はキレヴァ・ロヴァ伯爵。

ここウォールの市長だ。

彼は終始落ち着きが無かった。

席に着いた後も、額から流れる汗を必死に拭っては周りの目を気にしている。


キレヴァ市長の隣に座る私は、そんな彼を何処か哀れに見ていた。

数年前に父親の後を継いだ経験の浅い男だ、このメンツでは動揺してもしかたがない。


「冒険者連盟代表、コリン。意義ありません」


私の視線はおのずと上座へと向けられる。

もっとも立場有る者が座るであろう席は空席。

そしてその席を挟むようにして、2人の男が席を埋める。


「コストラ自治区代表、ロレンス・コストラ。意義はない」


左に座るのは、あのコストラの第7王子。

真っ赤な髪と瞳は燃えさかる炎のように赤く、まだ年若いであろうに足を組んで椅子に腰掛ける様は王としての威厳の片鱗を見せつける。


「ノースベール自治区代表、ヘンリー・ウィンチェスター。こちらも意義はない」


右に座るのは、ノースベールの第2国位継承者。

いつ見てもこの男は性別を超越した美しさがあり、人を堕落させる悪魔が本当にいるのであれば、この男であろう。

背後にはいつもの如く彼の付き人である騎士が、影のように寄り添っている。


席は5席。だが4席しか埋まらず。

理由はしっかりと存在する。


「み、みなさんありがとうございます。本来であれば、今回の件で最も重要である星詠みの巫女がその席には座るはずだったが……欠席、なので。此度の話し合いはこの4名で行うものとする」


そう、最も地位有るべき人物が座る上座は、星詠みの巫女の席だ。

ウォールは巫女が多くの人と創った都市だった。

そして、いつの日か巫女はいなくなったと聞く。


だが今ならば、あの少女が座る席になるのだろう。

神獣を聖遺物で制した星詠みの巫女。

言い伝えの通りであるならば、彼女はこの世界を災厄から救った巫女の再来であり、誰よりも尊ばれる人物である。

ここに集まった誰よりも重要な存在だ。


「さて、話し合いとは、この莫大な被害を起こした罪を、誰に押しつける……か?」


広い会議室に響く明瞭なロレンスの声。

ふんっと煩わしげに腕を組み、市長を睨む。

たったそれだけにも関わらず、ヒィッと真横からは情けない悲鳴が小さく聞こえてきた。


「それはその……ウォールとしては、いくら神獣によって起こされた災害だとしても、何かしら原因を追求しないことには、エオンからの支援が見込めないから、その……」


「確かに、街の被害を見るからに損害は大きそうだ。特に中央の島にある住宅街は密集していて、恵みの雨が当たらない部分が多く被害が大きい状況だと聞いた。勿論、ノースベールは彼らを助けるとも」


長くくすんだ金髪をさらりと流しながら、美しい男が口を開いた。


「自治区の一部を解放して仮住まいも提供する。なに、我々は難民受け入れにも慣れているしね。迅速に対応しよう」


にこやかに笑いながらヘンリーは支援の話をする。

だが逆を言えば、ノースベールは「支援」以外は出さないと言っているのだ。

我々は無関係だと真っ向から宣言しているのである。


「ほう。余が聞いた話によると、貴様の騎士達が中央の島で随分と暴れていたそうではないか。マクスベルンの神獣に関わっている時点で貴様も無関係ではあるまい」


「無辜の民を見捨てるは騎士道に反するもの。騎士はあくまでモンスターから民を守ったに過ぎない。直接的な関与は君の方が大きいんじゃないか?巫女と供に神獣を制したそうじゃないか。私には出来ない蛮勇だよ。逞しいと思わないかウォリック」


「はい、ヘンリー殿下」


「余個人が妻の為に前線へ出たまでの事。妻を守るのは夫の役目であろう。証拠に我がコストラの軍や民は一切関わっておらぬ。余は貴様と違って一人であっても役に立つ故な」


今度は艶のある男が赤く燃えるような髪をはらい、口を開く。


「そも、『マクスベルン』の神獣によりコストラの領事館が攻撃された。わが領地を犯す行為ではないか?余がいたから防げたものの、これがノースベールであった場合は壊滅的だったであろう」


コストラは今回の件で領事館を大きく破壊された。

その一部は神獣の力によって直ったと聞くが、コストラの領事館は魔法による術式の組み立てが複雑だ。

結界も含め、元の姿に戻るには時間が掛かるだろう。

だから、今回の件にコストラは関わっていないと宣言している。


立場ある人物が集まると、こういった腹のさぐり合いにも似た喧嘩が始まるから困るのだ。

一般市民の自分からすると、喧嘩の規模が違いすぎて呆れもしない。


さて、両国の出方も見えましたし、そろそろ出ましょうか。

相手が相手だけに、気を引き締めて行きましょう。

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