第221話 心配したんだぞ


右を見ても巫女様。

左を見ても巫女様。


私が眠っていた間に一体何が起きたって言うの。


「だから言っただろ、ただで転ぶような街じゃないって」


「それってこういう意味だったの!?団結とか未来の為とかじゃなくて!?」


「何言ってるんだ。星詠みの巫女と神獣だぞ?常に色々な大陸の奴を相手にしているウォールの奴らがこんな美味しい話に食いつかないはずないだろ」


ウィルが顔に似合わない大きな口を開けて、巫女様蒸しパンをバクッと頭から一口。

もぐもぐと口を動かしながら、軽く肩を竦めている。


そ、それはそうかもしれないけど。

だからってこんなにも大々的にされると恥ずかしくてたまらないんですが!?


「シーナ!!目が覚めたんだな!」


「リークさんっ!」


今にも頭を押さえそうになった時、背後から響く明るくハキハキとした声。

私が声の方向を振り返るよりも先に、大きな両手が私の身体をヒョイッと抱き上げた。


「心配したんだぞ!良かった、シーナ……!」


「わわわ」


リークさんの腕に座る形で、真上からミルクティー色の瞳を見下ろす。

まっすぐ見つめてくる瞳は光を受けてキラキラしていて、本当に喜んでいるのがわかった。


「もう全然元気です!」


リークさんの笑顔につられて、私も笑顔で答えると、そのままぎゅっと抱きしめられた。

体勢的にお腹にリークさんの顔があたる。


「は~安心した……もう体は大丈夫か?痛くないか」


「はいっ!ご心配をおかけしました」


「おい、シーナを下ろせ」


「ホント、シーナは良く頑張ったな、凄いぞ」


「ひゃっ、リークさんグリグリするとくすぐったいですよ~」


「お!い!」


ウィルが無理やり引きずりおろし、私は地面に足をつける。

上目づかいで目をやると、リークさんも少し落ち着いたのか、少し照れてはにかんでいた。


「リークさんが急に走り出すから何かと思ったら……お嬢さんとウィルさんでしたか」


リークさんを追いかけて背後からやってきたのは、大きな肩掛け鞄を持ったコリンさんだった。

コリンさんは私の姿に気づくなり、珍しく目を瞬かせた後、いつもと変わらない涼しげな顔で頭を下げた。


「お2人とも今回はウォールの為に人力を尽くしてくださったこと、本当に心から感謝します」


「そ、そんなっ。元はと言えば私が……」


「冒険者連盟の方から報酬を弾んでくれて良いんだぜ」


「ちょっとウィルっ!」


「はは、その件に関しては本部で相談させていただきます」


私の言葉を半ば無理矢理遮るようにしてウィルが前に出る。

横柄な態度だったけど、コリンさんは全然気にしていないみたいだ。

ちょっと安心。


「皆さんのおかげで被害も最小限に抑えられたようなものですしね。最悪、冒険者連盟が報酬を出し惜しんでも、私の方から少し融通させて貰いますよ」


「えっ……」


「マジかよ」


コリンさんの一言にウィルは勿論、なぜかリークさんまで動きを止める。

そして、ニコニコと随分機嫌の良さそうなコリンさんから距離をとるように一歩離れた。

自然とウィルの後ろにいた私も一緒に後ずさる形になったんだけど……何で2人ともそんなにコリンさんを警戒しているの?


「お前が融通を効かせるなんて何か裏があるに決まってる」


「いや~対価に何を取られるのだか」


「ちょっと二人とも!」


「心外ですね。私は必要経費は出し惜しまないタイプなんですが」


好き勝手話す私達に対してコリンさんはわざとらしく腕を組んでため息を吐く。

傷つきました、と涙を拭う仕草はあまりにも演技がかっていた。


「……それはそうと、お嬢さんに伝えておきたいことがあったんです。用事を済ませた後、ホテルの方へ出向こうと思っていたんですが、ここでお会いできて良かった」


「私にですか?」


はい、とコリンさんが私に向かって軽く頭を下げながら微笑む。


何だろう、もしかしてドラゴンが破壊した建物とかの修理費を請求されちゃう!?

ど、どうしよう。私そんなにお金持ってないよぉ。

それどころかロレンスさんの指輪も壊しちゃったから、その弁償も……ありますし。


怖々とコリンさんを見返すと、コリンさんはそんな私の表情の意図には気づいていないのか、小首を傾げるだけだった。


「実はこの3日間に、ここウォールで各自治の代表者を集め、今回の事件の話し合いが行われたんです」


「話し合いって、どんなことが話されたんですか?」


「主に被害内容の確認。各領事館への配慮、そして……」


「そ、そして」


ごくりと思わず私は生唾を飲み込んでしまう。

この先の言葉次第では、私は一生ただ働きの借金地獄になってしまうかもしれないのだ。

半ば祈るような気持ちでコリンさんが話す続きを真剣な表情で聞く。


「大丈夫ですよお嬢さん。別にお嬢さんに賠償金を請求したりしませんから」


くくっとコリンさんが笑った。


「はうわ!?なんでそれを……」


「顔に書いてますので」


「ううう……」


そんなに私って顔に出る??

自分の頬を両手で包み込みながら、思わず確認の為に、ウィルとリークさんを交互に見ると、彼らはうんと力強く頷いた。

説得力が違うっ……!


「人が集まってきたので少し歩きましょうか。あちらの広間までの道まで行けば、まだ一般人は通行止め区域ですので。道すがら、僭越ながら話し合いの内容を簡潔にお伝え致しましょう」


まだ少し笑いが尾を引いているのか、コリンさんはにっこり笑って歩き始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る