第220話 私が旬だ~!


スーパーはまさに色々な食べ物の匂いに溢れている。

食は味覚だけじゃなくて、嗅覚と視覚も重要って言うけど、本当にその通り。

レジ業務をしている時に、お客様が持ってきた商品の匂いに私の晩ご飯が左右されているといっても過言じゃない!


窓から入ってきたのは香ばしくてほんのり甘いゴマ油にも似た香り。

そう、私の口は完全に中華な口になってしまったのです!!

私は勢いのままウィルと一緒にホテルカサブランカを出て、賑やかな中央の島まで降りた。

理由は簡単、餃子の材料を買いに!!


「潰した肉と、キャベリンは買った。あと何だ……に、に……」


「ニラね。これは餃子を作る上でなくてはならない野菜なのです」


うんうん、と頷きながら私は横を歩くウィルを見る。

沢山の食料を詰め込んでパンパンに膨れ上がった紙袋を片手に軽々と抱えている。

私が買い出しに行きたいと言い出した手前、荷物は分けて持つと言ったんだけど、問答無用で全部ウィルが手にする紙袋行きだった。

まさか、私を気遣ってくれるんだろうか。


はっ、もしやこれがレディーファーストってやつ???

あれ、ちょっと違う???まぁ、いいか。


「さっきのお肉屋さんにニラに似た野菜を教えてもらったから、帰ったらすぐに餃子作りです」


「そのぎょうざ、とか言う食べ物は旨いのか?」


「おいしいっ!パリッとして、ガブって噛んだらじゅわーってして、ほくほくしてる!」


「……全然わかんねぇよ」


おかしいな。これでもかってぐらい的確に餃子を説明した筈なのに。

でもまぁ、実際に食べたらウィルだって凄く気に入るはず。

餃子の皮はバックヤードにあるだろうし、沢山作って作り置きをしておけば旅の夜食にも早変わり。

餃子はパリッと焼いて食べるのが一般的だけど、水餃子にしてスープに入れたりとかしてもおいしいよね。

サクサクの揚げ餃子にしてもたまらないし、エビを入れて蒸し餃子にしても!

うーーん、お腹が空いてくる!


私のバックヤードには農産・畜産エリアはまだ解放されていないから、元の世界の野菜やお肉を精算することは出来ない。

でも、この異世界には元の世界と似た野菜が沢山あった。

市場に並ぶ野菜は名前こそ違うものの見た目はよく似ていたしね。

だから餃子を作れることは間違いないのです!


それにしても……。


「やっぱり、所々壊れてる所が沢山ある……」


市場をウィルと歩きながら、私は辺りを注意深く観察してみる。

賑わいが前に出て意識しないと分からないけれど、店によっては屋根が潰れていたり、棚の代わりに木の箱を机代わりにしている店舗もある。

お店の人だって、痣や身体に包帯を巻いている人だっていた。


「でも、何だか皆全然辛そうじゃない」


それなのに、悲壮感が全然伝わってくこない。

ウィルの言う通り、むしろ前を向いてどんどん進もうとしている意気込みがびしびしと伝わってきていた。


「だから言っただろ、タダで転ぶような街じゃないって」


「うん。ウォールの人は皆すごく強いんだね」


近くには海、周囲は川。

おまけに大陸の中でも重要な位置づけがされた街。

多くの事を乗り越えたからこそ、大きな街になったんだろう。


私の失敗も受け入れてくれた、懐の大きなウォール。

そこに住む人たちが今笑っていて、本当に良かった。


ちょっとだけ目頭が熱くなって、私はあえて遠くを眺める。

その時、市場の一角が特にザワザワしている事に私は気づいた。

お店なのかな、遠目だからしっかりと見えるわけじゃないけど、のぼり旗が大きく置かれている。


「なになに……巫女様蒸しパン…………巫女様蒸しパン!?!?」


のれんの文字をなぞりながら口にした瞬間、思わぬ単語に目が点になる。

巫女様ってまさか私のこと!?私のパン!?

い、いや……まさかね。

巫女様って他にも居るだろうし、決して私のことでは……。


「ウォールを神獣から救ってくださった巫女様をかたどった美味しい美味しい蒸しパンだよ!このパンを食べたらどれだけエネルギー不足でも疲れしらず!ささぁ、買った買った!」


わ、私のことだ~~~~~!!!!!!!


「俺に一個くれ、オヤジ!」


「子供達に買って帰るわ。私にもちょうだい」


「まいど!!」


あぁあ、店先に沢山居たウォールの人が次々と巫女様蒸しパンを買って行ってしまう。

たまたまパンを買った人が私の側を通りかかったので、その人が手にしていたパンをチラッと覗き見てみたけれど、どこからどう見ても人型をしたふっくらしたパンにしか見えないんですけど!?

焦げ目を顔の部分にうまく付けて、にっこり笑顔にさせているみたいで愛嬌はあるんだけど……。


「ど、何処に巫女様要素があるの」


「あぁ、多分これが巫女様要素」


「ウィル!?いつの間に買ってきてたの!」


私が悶々と考えている間に、ウィルは屋台で巫女様蒸しパンをひとつ買ってきていた。

そしておもむろにパンを私の顔の横にスッと並べる。


私とパン。

交互に見比べた後、浅く頷いて、パンの頭を指さした。

そこには耳でも生えたみたいに三角の山がふたつ並んでいる。

ハッ、と私は自分の頭に触れた。

そう、私の頭には犬堂さんが作ってくれた、大きくて真っ赤なリボンがどーんと鎮座している。


「このパンの巫女様要素、リボン!?」


ざ、雑い!!!!

スーパーのベーカリーで無理矢理、旬な商品の形を模されるパンと一緒……。


その時、私は気づいた。

いや、気づいてしまった。


「寄ってらっしゃい見てらっしゃい。これから始まるのはウォールを巡る神獣と巫女様の冒険人形劇だよ~!」


「巫女様を象ったキーホルダーだよ!今ならチェーンの替えもついてくる!」


「弓矢~~巫女様の愛の弓矢のレプリカだよ~~!」


市場と学生通りを繋ぐ大きな広場は、スーパーの特設コーナー並に巫女様関連の商品で溢れかえっている。

そこここに鎮座する私、私、わたし。

わ、わ、わ、


「私が旬だ~~~~~!!!!!!!」

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