第219話 その人にとって大事な好き


「何か飲み物持ってくる」


ぽかん、と言葉を完全に失ってしまった私に笑顔だけを残し、ウィルが部屋を出ていく。

キッチンの方から物音がするから、ウィルが私の為に何か飲み物を入れてくれているんだろうけど、当の私はというと頭の中が大混乱!


起き抜けに向けられる感情にしてはちょっとハードすぎやしませんかね!?

ロレンスさんから救ってくれたウィルは愛の告白をしてくれた。

ウィルの態度の変化もそう考えると納得がいく。

だって大好きな人にはついつい甘くなっちゃうものだもんね。


でも、でも、その対象が私!?

恋愛経験が全くないので、どうすればいいのか全然わかりません!!


うう、なんだか自分で言っておきながら恥ずかしくなってきちゃった。

私だってウィルは大好きだよ。

でも、その好きは犬堂さんやリークさんにも向けられる好きで、ウィルの好きとはちょっと違う気がする。


何より、「その人にとって大事な好き」に対して……私はいったい何を返せばいいんだろう。

どうすればその人は納得してくれるんだろう。

……家族からすら愛情を向けられなかったのに、私に分かるはずがないんだよなぁ。


ぐ~~~~~


「は~~、お腹は正直ものだなぁ。そりゃ3日も食べてなければお腹すくよね」


俯きかけた顔が強制的に苦笑へと塗り替えられる。

軽くお腹をさすってみると、その手に合わせてぐうっと再度鳴った。


よしよし、ひもじいねぇ。

意識を失う前、アダレが放ったエネルギーの雨のおかげなのか、身体は超が付くぐらい元気。

心なしか身体も以前より頑丈になった気すらする。


あ!そうだ、私あの後意識を失っちゃったから、街がどんな風になっているのかちゃんと見てなかったんだ!

怪我人とか建物とかアダレが治したっていっても、何か被害が残っているかも……。


意識がはっきりしてくると、自分のいる場所がホテル「カサブランカ」だと理解する。

私はベッドから降りて窓へ近づいた。


そういえば、この窓にノアさんが現れてから色々あったなぁ。

ノアさんは無事だといいんだけど……。


そして私は、恐る恐る窓を開けた。

次の瞬間、ドッと室内へ流れ込んでいく賑やかな物音。

お祭りでもしているんじゃないかって錯覚してしまいそうな程に、街は騒がしい。

比較的静かな東地区にまで活気が広がっているようだ。


わいわい

ガヤガヤ

めでたいめでたい

ガヤガヤ


「あ、あれ……思ったよりも。ううん、思った以上に街が元気だ」


神獣にモンスターという驚異と真っ向から対決したとは思えない程に活気に満ち溢れている。

もっとよく見ようと窓から身を乗り出そうとした所で、がしっと腰を掴まれた。


「空を飛ぶスキルでも新しく覚えたのか?違うなら、拾うのが大変だからあんまり身を乗り出すなよ」


あ、助けてはくれるんだね!流石、ウィル。


ウィルは呆れた顔で私の腰を背後から抱いて、無理矢理地面へ下ろす。

もう地面に足は付いてるから腰は離してくれても……まぁ、いいか。


「あのね、ウォールの街がどうなっているのか確認したくて。もっと悲惨な状況に陥ってると思っていたから」


アダレの攻撃は街を破壊していたし、モンスターの被害もあった。

多くの冒険者さん達が戦って、多くの人が逃げていた。

その瞬間を見ているからこそ、どうなったか気になっていたんだ。

私がアダレを復活させちゃったってのが、一番大きな動機ではあるんだけど。


ウィルは、何てことないと言った風に手にしていたグラスを私に手渡して口を開く。


「アダレの力で街の大部分は復興したとはいえ、まだ崩れたままの場所も多いな。完全に元のウォールへ戻るにはまだ時間が掛かるだろう」


「じゃあ、どうしてこんなに賑やかなの?」


カサブランカのホテルにまで響く祭りのような賑やかさ。

どこからともなく陽気な音楽まで聞こえてきそう。


「そりゃ、ここがありとあらゆる文化と知恵、多国籍の街ウォールだからだよ。首都に続く巨大都市だ。今までだって何度も危険な目にあってきたが、その度に乗り越えて強くなっていった街でもある。だから乗り越えるし、むしろ自分達に有利なように使ってみせるさ」


「有利なように……?」


ウィルが最後に言った言葉が少しだけ引っかかる。

有利に運ぶって何だろう、復興するための支援金が沢山政府から出るとか??

でもそれって当然の権利だしなぁ。


「何にせよ、お前は別にそこまで気にしなくていい。そういう事は大人がなんとかする」


「むむむっ」


確かに私はウィルから見たら子供かもしれませんけどぉ。

でも、ちょっとだけ安心した。

私が3日も眠っている間に誰かが辛い思いをしていたら、やっぱり悲しいもんね。


ぐううう。


「はわっ!?」


安心したら、またお腹が鳴ってしまった!!!

急いでその音をごまかすように、ウィルから手渡されたグラスを一気に喉へ流し込む。

小さくカットされた果実が入ったお水だ。

ほんのり甘くて、のど越しさわや……。


ぐぐ~~。


「……っくく。起きて早々正直な腹だな」


「仕方ないじゃないですか!!3日も寝てて、その間何にも食べてないんですから!!」


こらえきれずに笑うウィルに抗議するため、私は自分の腰に回ったウィルの腕をペシペシと叩いてやる。

痛いなんて言わせないぞ!でもちょっとは手加減しちゃうからね!


「ルームサービス頼むか。なに食いたい?」


「え、そ……そうだなぁ」


幸いにも起き抜けとは思えない程に意識もハッキリしている。

何ならステーキでも全然食べられちゃいそうなんだけど。


「そうだ!いいこと思いついた!」


そんな時、窓の外から私の元へ甘辛い香りがどこからともなく運ばれてきたのであった。

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