第218話 好きな奴には甘くなる
『本当に行ってしまうのか……星詠みの巫女』
地平線まで広がる海を前に、1人の女性が立っている。
アダレが話しかけると、彼女は艶やかな黒髪をなびかせながら、静かに振り返った。
私……?
いや、違う。
私によく似ているけれど、この人は前の星詠みの巫女様だ。
「災厄が広がるのは防いだし、私の役目はもう終わったでしょう?なら、観光がてらこの大陸を旅でもしようと思っているのですよ。ほら、私、見た目よりも年を取っているから。豪華な食事も連日続く祝賀パーティも、おばあちゃんにはちょっとしんどいのです」
『貴方の功績を考えれば当然のこと。それは君が受け取るべき正当な報酬と評価だろう。皆、貴方を頼りにしている』
「だからなのです、アダレ。私がここにいると星詠みの巫女を中心に国は動いてしまう。現にやっと人は神から解放されたって言うのに、今度は私を神格化しようとしている。それでは駄目なのですよ」
『……』
星詠みの巫女様が少し寂しげに微笑んだ。
諭すような口調にアダレは頭を垂らす。その大きな頭をそっと撫でた。
「神の時代は終わったのです。これから次々と信仰を失った神は滅んでいく。アダレ、貴方も例外ではないはず。だから、眠って次の災厄を待つのです」
『私を連れていってはくれないのか、星詠みの巫女』
「じわじわ死んでいくと分かっていながら連れて行く程、私は残酷にはなれない」
『……死んでも良い。貴方のそばに居たい。置いていかないでくれ』
「そんなこと言わないで、アダレ。必ず次の神子が迎えにくる。だから、その時は……私の……を助けてあげて」
急に景色が滲んで白く塗り潰されていく。
彼らの会話を最後まで聞き続けることは出来なくて……ただ、その声が酷く懐かしく感じて、もっと聞いていたいとすら思った。
遠く、遠く、聞こえる声。
……
「起きた、か……?」
「はえ??」
まだぼんやりとしてピントの合わない視線よりも先に、耳が声を拾い上げる。
何だか凄く優しくて少し寂しい夢を見ていた気がするんだけど、ここはどこだろ……う!?
「うぃ、ウィル!?」
瞬きを数回したのもつかの間、私の顔を真上から見下ろす、それはそれは端正な顔。
くすんだ金髪が窓から入る光を浴びてキラキラしていて少し眩しい。
私がウィルと初対面だったら、天国にでも来てしまったのかと勘違いしてしまいそうだけど……不安げに沈んでいた表情が見て分かる程にほっとする。
そして、おもむろに顔が近付いてきたかと思うと、私の額にウィルの額がコツンと軽くぶつかった。
「心配させるなよ……お前3日も寝てたんだぞ。二度と目覚めないんじゃないかって思った」
「ご、ごめん」
優しい息づかいがすぐ側から聞こえてくる。
同時に心臓の鼓動も響いて、これは私のなのかな、それともウィルのなのかな。
穏やかに刻まれる時間と同じように私の心臓もドキドキを刻んでいた。
ん……?ちょっと待って。
「み、3日ーーー!?」
ってことはアダレの暴走もモンスターで溢れかえるウォールの街も、スーパーパワーアップしていた私のスキルも、3日も前の出来事!?
あまりの驚きに反射的に体を動かした。
その瞬間。
「はうっ!」
「っだ!!」
ゴチン!と派手な音を立てて私の身体は大きく後ろに仰け反り、そのままベッドの上へ。
当然と言えば当然なんですけど、ウィルが私を見下ろしている状態で身体なんて起こした日には、衝突するのが目に見えていましたね!
うう、額がヒリヒリする……。
はっ!!こんなお転婆な起き方したらウィルに怒られて……。
おそるおそる私は自分の頭を押さえるウィルを伺い見る。
私の視線に気付いたのか、パチッと音が出るみたいに目が合った。
同時に向けられる呆れ顔。
いつもなら、ここでため息のひとつでも吐かれそうなものなんだけど。
「……それぐらい元気なら大丈夫そうだな」
あれ?怒ってこない……???
「お前が寝ている間に色々話が進展した。ケンドーとリークはその関係で今外に出ているが、お前が目を覚ましたって聞いたらすっ飛んで帰ってくるだろ。それまで念のため安静にしてろ。何か飲むか」
「えっとー……」
「どうした。やっぱりもう少し休むか。流石に1日2日寝られると困るが、希望時間に起こしてやる」
「いや、目覚めはバッチリで全然問題ないんですけど」
「けど?」
「ウィル……何だかいつもより優しい?」
ウィルの動きが止まる。
どこかスッキリとした表情で私を見るウィルは、暫く間を置いた後、私のベッドに腰を下ろした。
そしてわざとらしい仕草で肩を竦めて皮肉に笑う。
「いつも優しいだろ」
いつもツンデレでちょっと意地悪じゃないって言い掛けた言葉は飲み込みまして……。
「いつもより親切というか、優しいというか。うーん、あっそうだ。甘い?」
「甘い?」
「ウィルなりに甘やかしてくれてる!って感じがする」
そうそれだ!
さっきの額へのコツンも、気遣いも何処かちょっと過保護で甘い、そんな感じ。
「……あぁ、なるほど」
ウィルが私の言葉を噛みしめるように考える。
そして、珍しく手袋をしていない指先が私の頭へ触れた。
何度かよしよしと撫でられ、その柔らかさに目を細める。
手はするりと髪を滑って、私の毛先を指先に絡めたりして弄ぶ。
「俺だってな」
「ん?」
猫が毛先で弄ぶような仕草。
そう思っていたはずなのに、軽く指に髪が絡まった瞬間、ウィルがさっきみたいに額がぶつかるぐらい顔を近づけて、微笑む。
「好きな奴には甘くなる」
薄く持ち上がる口角。
完成された角度で眇められる瞳には他ならぬ私だけが映っている。
ぽかんと間抜けな顔をした私の顔が、みるみる羞恥心に赤く染まっていく様子がウィルの瞳に映っていた。
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