第205話 唇が何度も重なり合う


「ウィル……」


「……俺は別に責めたりしない」


「うん、ありがとう」


控えめに見たウィルは考える素振りも無く言い放つ。

こういう所ウィルはやっぱり冒険者で、ちゃんと問題と向き合ってる。

でも、私だって皆を守るって決めたんだから。


「わ、私……ロレンスさんとキスしますっ!」


「そうか」


ぐっと拳を握りしめ、覚悟を決めながら私は言い放つ。

同時にロレンスさんは短く応えた。

そして、褐色の手が優しく私の肩へと触れて、するりと肌を伝って頬を包み込んだ。


「では、余のエネルギー。その選択をシーナに委ねよう」


緊張で胸が痛いぐらいに鼓動を繰り返している。

知らず知らずに身体全体が硬直して、まるで直立不動。

だって、その……。


「何、痛い事などひとつも無い。余を受け入れてしまえばよい話だ」


すぐ間近で妖しく笑うロレンスさんがあまりにも綺麗で、完全に息を吸うタイミングを失ってしまう。

真っ赤なルビーの瞳がいつもの何倍も艶やかに煌めく様に、私は完全に魅入ってしまっていた。


「……愛い奴よ」


笑い混じりの吐息が顔に掛かって少しくすぐったい。

でも、そのおかげで私はきゅっと両目を閉じることが出来た。


絆を結ぶ呪文なのか、囁き声で聞き慣れない言葉が紡がれる。

そして、指先が私の唇をなぞる感覚。


「……」


音も無く、指先と入れ替わりでロレンスさんの唇が私の唇に触れた。


どんな顔をしているんだろう、このままじっとしていた方がいいのかな?

エネルギーの通路を作る術式ってどのくらい時間が掛かるのかな?

頭の中をいっぱいの感情が埋め尽くすけれど、それは必死に冷静にいようとしているからで……。


「んぅっ!」


優しく触れ合っていただけの口付けが唐突に終わりを告げる。

離れ掛けた唇が、角度を変えて何度も重なり合う。

驚いて思わず目を開くと、言葉の通り目と鼻の先にあったロレンスさんの目が妖艶に細まった。


ゾワリ、と全身を包み込む表現の言葉が思いつかない熱い感覚。


息が苦しくなって、薄く開いた唇から入ってきたのは新鮮な空気じゃなくて……舌先だ。

熱い液体と絡み合うように舌がねっとりと絡みつく。

反射的に引っ込めた私の舌に噛みつくみたいに攻めてきて、全然離してくれない。


「んん……」


びっくりして思わず腰が引ける。

しかし、まるで逃がさないと言わんばかりに、その褐色の腕に身体ごと捉えられてしまった。


逃げられない。

熱くて、熱くて。


この、どうにかなりそうなぐらい身体が痺れる感覚に溶け込んでしまいそう。


「んっ、ぁ……ふ、」


「……シーナ」


目の先で赤い星が瞬いている。

いつのまに終わったんだろう。

重なり合っていた唇は離れて、食事を終えた狼みたいにロレンスさんが自分の唇をゆっくりと舐め上げていた。


身体に力が入らない。

腰に回された褐色の腕に、全てを預けた状態だ。

頭がぼんやりする中で、ロレンスさんが自分の喉元をとんとん、と叩いた。


あ、そうだ……私飲み込まないと。

コクン、と浅く喉が上下に動く。


熱いものが自分の中に入っていくと同時に、身体がお風呂上がりみたいにぽかぽかする。

確かに、ロレンスさんの熱を感じた気がした。


「おい」


「わ、わわっ……」


ぼんやりとした所を唐突に背後へ引っ張られた。

よたよたとふらつく身体はロレンスさんの腕を離れて、今度はウィルの腕の中へと収まってしまう。


どうしたの?なんて、考えたのはほんの一瞬。

私の顎に手を添えたウィルによって、私は無抵抗で上を向く。


キラキラ瞬く緑の星。エメラルドの鮮やかな輝き。

それが一気に近付いて、私の唇に重なった。


………??????

頭が混乱する。

どうして私は今ウィルとキスしているんだろう。


ロレンスさんとのキスはエネルギーを受け取るため。

じゃあウィルは何で?


羽で擽られるみたいに優しいキスは、答えを導き出すよりも先にあっさりと離れてしまった。

だから、私は思わず口を開く。


「……ウィルもロレンスさんのエネルギーが欲しかったの?」


「何でそうなる」


「ロレンスさんと直接キスするのは抵抗があるのかなぁって思って」


「……お前なぁ」


想像以上に呆れた声色で返事が返ってきた。

違うのか、じゃあ……なんだろう。


「理由があって仕方がない事とはいえ、惚れた女が他の男とキスしてるのが腹立つからに決まってるだろ」


「えっ……」


そういう理由あっての行動だったんですね。

なるほど!!

なる………。


「えっ!!!!!!?????」


「顔、真っ赤になってるぞ」


「うううう、なってないもん。身体が熱いからだもん!」


「余の口付けで身体が熱くなったのであろう?そう照れずとも構わぬ。ほら、もう一度してやろう。今度は呪文など使わぬ」


「お前、わざと長くしてなかったか」


「それを言うならウィンチェスターよ、貴様こそ余より年上であろう?随分と心が狭いようだが?」


「ハッ、逃げないよう閉じ込めておいた、どこぞの王族に言われたくはないな」


「ううううう~~~!!!」


右も左もうるさーーーい!!

ちょっとはキスの余韻に浸る暇を私に与えてくださいよ!!!


「今のはノーカウントです!そうです、そうなの~~!!!」


ウィルの片腕で抱き留められた状態で、私は目一杯暴れる。

今ならドラゴンと同じように羞恥心でビームが打てそうだった。

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