第200話 握って欲しそうにしてたから
「ママ待って……あっ!」
母親に手を引かれ、必死に路地を走っていた少女の足がもつれて倒れ込む。
あんなにも強く繋がっていた手が離れ、母親は慌てて踵を返した……その瞬間、
ギャオオオッ!!
親子に襲いかかる鋭い牙。
白と黒の斑模様をしたハイエナのようなモンスターが飛びかかってくる。
上下に大きく開いた口を前に、母親は娘を胸に掻き抱いた。
「速度上昇。命中率固定」
モンスターの唸り声に被るその落ち着いた声。
かなり距離があったにも関わらず、ウィルから放たれた小型ナイフは、親子を食い殺そうとしているモンスターの眉間を見事に貫いた。
ギャウ!
勢いあまって後ろへ弾き跳んだモンスターは、そのまま倒れて動かなくなる。
だらりと伸びた舌を見て、ようやく先行していたウィルとリークさんに追いついた。
「大丈夫ですか!」
駆け足で抱き合ったまま完全に固まっている親子の元へ向かうと、母親は未だ放心状態のままだった。
だけど、何回か声を掛けているうちに、ようやく意識を取り戻してくれたのか、私達へ顔を向ける。
「急に……モンスターが街中に現れて……避難をしていた最中だったんです、本当にありがとうございます」
「なに、無事で良かった。ここからなら冒険者連盟の避難所が一番近いだろうから、気をつけて向かってくれ。他の冒険者も来ているから、なるべく大きい道を通って行くんだ」
「は、はいっ……」
リークさんに指示され、ゆっくりと立ち上がる母親。
まだ少し足の震えが止まらないのか、食いしばるように唇を噛みしめていた。
あと数秒、遅れていたら……きっとモンスターに噛み付かれていた。
そんな死の恐怖が、二の足を踏む。
「あのっ!」
だから、そんな恐怖を私は希望へ変えたい。
「これは、巫女である私の神具です。貴方達を避難所まで安全に守ってくれるはず、です!」
「巫女、さま……」
どうぞ!と勢いよく私は手にしていたレジカゴをふたつ手渡した。
見た目的には、完全にスーパーの入り口でお客様と出会ったから「あ、レジカゴどうぞ~」って手渡している時の感覚だけど、覚悟が違うのです、覚悟が!!
「こう、盾みたいに前へ突き出したり、すっぽり被って頭を守ったり……」
「あぁ、巫女様。どうか我々にマクスベルン様の加護を……創造主様の導きを……」
とりあえず、レジカゴの使い方を説明しようとしていた私の前で、母親が慌てて膝を付く。
あの時のコリンさんみたいに、巫女だと宣言してから祈る様は何度もされているけれどやっぱり少しくすぐったい。
神様にでもなった気分。いや、これは神様代理として立っているようなものか。
「……勿論です。貴方にも、貴方のお子さんにも、希望は必ず訪れます。ううん、私が貴方の元へ希望を運びます」
「巫女様……うっう」
「さぁ、立って。今度は手を離さないようにしてくださいね」
「……ッ。はい!」
私の一言が母親の顔付きを一瞬にして変えた。
さっきまでの怯えた表情が決意の色へと変化していく。
状況が飲み込めていない少女の手を今一度強く握りしめる母親。
その様子に、私はしゃがみこんで子供の頭を撫でた。
「大丈夫だよ、絶対にお母さんが安全なところに連れて行ってくれるから。そこまでもう少しだけ、頑張ってね。手を離さないように」
「うんっ!」
レジカゴを手に駆けていく親子。
……私は、あんな風に母親に手を引かれる事なんて無かった。
愛の表現方法は人それぞれ違いがあると思うから、必ずしもそれが愛の証とはならないかもだけど、少しだけ、羨ましく思っちゃうな……。
「はぅわ!?」
だから急に自分の手を握られた私は、大きな声を出してしまった。
握った本人はにっこりと、いつもと変わらぬ穏和な雰囲気を漂わせちゃってるけど。
「あ、あのぉ。犬堂さん、急にどうしたんですか?」
「うーん、そうだなぁ」
私が念のため聞き返すと、犬堂さんが小首を傾げて一言。
「何だか、握って欲しそうにしてたから。違った?」
「私が……?」
うん。と明るい口調で言われて、途端に恥ずかしくなる。
そ、そんなに物欲しそうな目で見てました~~~!?!?
確かに、少しだけ。
ほーんの少しだけ、羨ましいと思ったかもしれませんけど、でもでもそんな気を使わせる程顔に出ていたの!?
焦りで変な汗が出てきそう……むしろ手が汗ばんでいないか心配です!!!
「だ、大丈夫ですっ」
「もう少し握っていようよ。椎名君が寂しくないように」
「だから大丈夫ですって」
「オイッ。じゃれてないで、行くぞ」
「じゃれてないもんっ!!」
ウィルに言われて私はバンザーイと手を勢いよく上に持ち上げ、犬堂さんと繋がった手を解いた。
手のひらに残る少し硬い手の感触が、離れた後になって意識してしまうのが少し悔しい所ではあるけれど。
ちなみに、ウィルとリークさんは動きやすさの為か着替えて元の格好に戻っていた。
これでやっと、皆が元に戻ったような気がする。
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