第197話 救いという<希望>
「冒険者連盟本部は安全なんですか?」
「本部に関わらずウォールの主要部分……例えば、冒険者連盟本部や各国の領事館、昔から建つ建造物には神代から続く土地の結界が存在するんだ。地下の避難シェルターに逃げ込めば、ここら変一帯が焼け野原になっても地下だけは助かる。勿論物理的に攻撃されなければ、だけどな」
疑問に思って思わずウィルに尋ねてみると、ウィルは前髪を下ろしながら口を開く。
下ろしちゃうの、ちょっとだけ残念。
でも、これだけ人がいたら当然か。
「恐らくウォールで一番強い土地結界はマクスベルン大学だね。あそこに居る限り、天変地異が起きても平気だと思うよ」
あっ、それで、ドラゴンがすぐ間近にいるのに、マクスベルン大学は全くの無傷だったんだ!
建物が壊れていないの不思議だったんだよね。
じゃあ、大学内に居るであろうマグナさんも無事な可能性が高い……かな?
ちらっと盗み見たリークさんの表情はもう既に切り替えて前を見ていた。
……でも今なら分かる。あれは必死に心配を隠している顔だ。
「幸い、ドラゴンとモンスターは連携を取っていません。ですので、今は市民の避難を優先に冒険者連盟は動きます。ウィルさん、リークさんはモンスターの盗伐をしながら、ドラゴンの対応をお願いします。それと……お嬢さんにお願いが」
おもむろに言葉を切ったコリンさんが私を見る。
そして、急に地面へ両膝を突くと、顔の前で両手を重ねた。
さながらそれは、神に祈る仕草のよう。
私はごくりと唾を呑む。
「巫女様。どうか我々に創造神の守護を与えください」
「えっ……」
「この災厄を祓い、主の造り出した大陸で生きられるよう、救いを」
「……」
自分の気持ちを正当なものへと昇華する縋りにも似た、決意。
祈りの言葉は自分の気持ちを奮い立たせる儀式にも似ていて、私みたいな名ばかりの巫女に捧げられるものじゃない。
もっと神聖な場所で、もっと献身的な人へ、捧げられるもの。
『偽物』の巫女である私が受け入れていいものではないんだ。
ううん、違う。
偽物だとか、本物だとか、今はどうでもいいでしょ。
その強さに誰もが憧れを抱くウィルやリークさん。
どの人間も虜にしてしまう服を生み出す犬堂さん。
私は、皆と居たいから。
皆と少しでも肩を並べられるように、もう逃げない。
圧倒的なカリスマで民と兵を魅了し先導するロレンスさん。
彼みたいに、私にも求められる「モノ」がある。
命、光、そして私に求められるものはきっと、
救いの先にある「希望」だ。
『男の子だったら良かったのにねぇ』
『お母さん達は用事があるから、ご飯一人で食べて』
『私、妹なんていらなかった』
バラバラになるのが怖くて、必死に家族という枠組みに引き留めようとしていた私。
あの頃の私にとって、希望は「おばあちゃん」だけだった。
だから、コリンさんが私に向ける希望が少しだけ分かるよ。
私、異世界に来て変わった。
ううん、これから変わるんだ。
「……分かりました」
祈るままに伏せられていたコリンさんの目が、私をすいっと見上げる。
だから、軽く両手を広げて私は言い放つ。
「私、鏑木椎名の名の元に救いという<希望>を与えます」
「……っ」
「絶対に挫けない、絶対に見捨てない、私は私の力でコリンさん達を救います」
コリンさんが息を吸うのも忘れて大きく目を見開いている。
震える眼差しを受け止めながら、私はそっとコリンさんの額に口付けを落とした。
「貴方へ祝福を」
「………あ、有り難き幸せ……」
呆然と硬直したまま、コリンさんにしては珍しいガチガチに緊張した声は、周囲に電波していく。
気が付けば、ウィルやリークさん達だけじゃなくて、周辺に居た人や冒険者達までもが私を見ていた。
「……創造主様……?」
「違う、巫女様だ。あんなにも神々しいのだから。そうだろう?」
「そうだよな……俺は夢を見ているのか」
「あのコリンが緊張するなんて、凄いお人なんだ」
「巫女様がいるなら、私達は助かるかもしれない」
不思議な気持ち。
こんなに沢山の人に見られているのに全然緊張しないし、むしろやる気が満ちてくる。
「驚いた。僕はこんな椎名君初めて見たよ、何て言うか……凄く綺麗だ」
「……綺麗?違う、あれは」
遠くでウィルの声が微かに聞こえてくる。
「神格化って言うんだよ」
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