第196話 こう脳髄にグリグリと


犬堂さんが作ってくれた糸の道を3人で駆け抜けていく。

ほぼ透明な糸の上を渡るって度胸が居ると思うけれど、火事場の馬鹿力的な気持ちなのか、今はそんなに怖くない。


むしろ、それ以上に気になるモノがある。

空中に漂う光の粒子が、ここにきてようやく私にも明確に見えてきていた。

チカッ、チカッ、と断続的に瞬いて、時折爆ぜる様子はとてもじゃないけど触れていいものだとは思えない。

犬堂さんがさっき言っていたみたいに、長時間この中に居たら、喉の奥にまで粒子が詰まって息が出来なくなってしまいそうだった。


「見えた、リークさん!」


何件か家を飛び越えた所で、ようやく屋根の上で膝を付くリークさんに追いついた。

ウィルが補助魔法を掛けた瞬間、咳込むようにリークさんが大きく息を吐く。

……って、えええ!?ウィル何で急にリークさんの背中を足でグリグリ蹴りつけてるの!?!?


「この脳味噌筋肉野郎!!!!人の貴重なエネルギーを消費させるぐらいならこのまま窒息しちまえ!!」


「うぃ、ウィル!?」


「うぐぐぐぐ……」


「リークさん凄く苦しそうだよ!!」


「どっちかというと、ウィルに蹴られ続けている事に憤ってる声に僕は聞こえるけどね」


「だあああっ!!いつまで蹴り飛ばしてるつもりだぁああ!!」


ぶるぶると大きく震えていた身体が、ぐーんと大きく上半身を起こす。

まだ荒い呼吸を繰り返してはいたけれど、歯をむき出しにしてリークさんはウィルを元気よく(?)睨んでいた。

あれ……よく見るとリークさんの頭がグレーから元の黄緑色に戻っている。

もしかして、強いエネルギーを浴びて元に戻っちゃったんだろうか。

こっちの方が私は好きだけど。


「……チッ、生きてたか。しぶとい奴」


「生きてるに決まってるだろ!!そう簡単に死ねるか!」


いつもと同じ、ウィルの舌打ち。

でも私には分かるのだ、ウィルってば真っ先にリークさんのこと心配しいてたもんね。

これが男の友情って奴なのかなぁ。

一通りウィルに威嚇したリークさんだったけど、何度か呼吸を繰り返すうちにウィルの補助魔法も効いてきたのか、自分の頭をワシワシとかき乱しつつ、落ち着いた様子で私達を見てきた。


「……悪いな、飛び出しちまって。冷静に考えて正常な判断とは言えねぇ。シーナ達にも迷惑を掛けた、ありがとうな」


「いえっ!リークさんは大切な人ですしっ」


「大切な人……」


私の発言にリークさんが思わずきょとんとした表情を浮かべた。

もしかして、大切な仲間だと思っているの私だけだった……?

慌ててウィルと犬堂さんを伺ったけど、何故か2人は私と目を合わせない。

……何ですか、その反応は。

そんな狼狽える私にリークさんが一言。


「いやぁ……そう言われると胸にくるっていうか……嬉しいな」


少し照れくさそうにはにかむリークさんを真っ正面から受け止めた私の気持ち、分かる!?

お兄ちゃん全開の人がふいに見せる甘える部分が、こう脳髄にグリグリと……。


「ウィルさん!リークさん!!」


「ほぇ?この声は……」


リークさんのはにかみ笑顔から目が逸らせずにいた所に、響く張りつめられた声。

はっと我に返って屋根の下を覗き込むと、そこには見慣れた人が立っていた。


「コリンさん!」


「お嬢さんや若旦那まで……皆さん、ご無事だったんですね」


冒険者連盟の職員であり、マグナさんを救う為に色々と手を貸してくれたコリンさんだ。

よくよく周囲を見渡してみると、目と鼻の先に冒険者連盟の本部が建っている。

ドラゴンのレーザー光線の攻撃は外れていたけれど、本部の周囲は沢山の冒険者や職員、それに民間人という人口密度の凄いことになってしまっていた。


「リーク、動けるか」


「勿論。伊達に冒険者してねぇよ」


ウィルが私を、リークさんが犬堂さんを抱えて屋根から地面へと降り立つ。

改めて地面に降り立つと、頭何個分も飛び出して君臨するドラゴンの姿が威圧感を放っている。


「現状はどうなっている」


ウィルが問いかけると、コリンさんは頭を左右に振った。


「ご覧の通りですよ。突如として現れたドラゴンの攻撃で、西区の一部が壊滅的な状況に陥っています。被害は甚大ですが、まだ対処の使用があります。むしろ冒険者連盟としてはドラゴン以上に、街中へ現れた無数のモンスターの方が危険だと判断しています」


「数は?個体の強さは範囲内なのか」


「偵察からの情報によると、数は100を裕に越え、今現在も地中から這い出てて続けていると聞きました。強さに関しては恐らくDランク相当。ただ……。」


コリンさんから、はぁ、と疲労感の滲んだため息がこぼれ落ちた。


「……異常に数が多い。何より、ウォールは街の外からの攻撃には強くとも内側からの攻撃には無防備です。ましてや街中からモンスターなんてありえない状況からか、あっという間に中央の島を占拠しつつあります。街に居る冒険者を総動員して避難に当たらせている所ではありますが……」


「上手くいってはなさそうだね」


犬堂さんの言うとおり、冒険者連盟の周辺は人でごったがえしている。

暴言や悲痛な声が飛び交って、とてもじゃないが号令が効く雰囲気ではなさそう。

痛いところを突かれて、コリンさんの表情も思わず曇る。


「お察しの通りで。情けない話ではありますが、避難を希望する一般市民の対応に追われるのが精一杯ですよ」

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