第12話 役所での異世界人の申請とは
ルンルン気分で登り切った坂の先。
見渡すと、街の入り口よりも少し高い位置だからか、トータの街が一望できる。
アネスさんの宿もしっかり確認できた。
「凄い凄い、キレイー!」
「はしゃぎすぎて落ちるなよ」
「落ちませんよ!子供じゃないんだから」
そろそろ、少しだけウィルの優しさに気付けるようになってきたと思う。
今も風景に夢中になっている私を注意はするけど、早く来いとかは言わないんだなぁ。
一応、見終わるまで待っていてくれるようだ。
「あれが役所だ」
景色を堪能し、声の方に視線をやると、そこには華やかな赤や青の煉瓦屋根が印象的な、家の前に看板が立ち並ぶ通りがあった。
これはきっと、お店なのだろう。商店街というやつかな。
そのひとつをウィルが指さした。
どれどれ、あの地球の周りを複数の輪が回っているみたいな絵が彫られた看板の店かな。
指差した方向の建物に近づいていくと、この辺の建物の中で特に大きいことが分かった。
あと、凄く扉が重そうに見える。
これは憂鬱な私の気持ちが反映されているのかもしれないけど。
ドアノブに手をかけようとした時、ウィルがフードの先を深くかぶるように引っ張り口を開く。
「じゃあ俺は冒険者連盟の方に行ってくるから」
「え!?一緒に来てくれないんですか!?」
ウィル、来てくれないの!?
てっきり一緒に来て、役所での申請方法とか教えてくれるものだと思っていたから、大きな声を出してしまった。
側を通った人が一斉にこっちを見たので、慌てて口を両手で押さえる。
「一緒に行ってもやることなんてないだろ。心配しなくても役所の奴が俺なんかよりも、よっぽど丁寧に対応してくれるだろうし」
「それは……そうかもしれませんけど」
「こっちはこっちで、お前の依頼を受けたって形で冒険者連盟に報告しとかないと駄目だしな。時間もかかるし、別の方が無駄が省けるだろ」
「うぐぐ……はい」
正論だ。すごく正論だ。
いや、分かってはいるんですよ。
待っているだけなら、その間に他のことをした方が効率的だし、冒険者連盟がどういう場所なのかは分からないけれど、多分役所みたいに対応は順番だろうから、二手に分かれた方がいいんだろう。
だけど、だけど……やっぱり役所っていう所は、世界が違えど緊張するものなんですよ!!
「ここは役所と冒険者連盟がある通りだから、人通りも多い。先に終わったらここで待ってろ。変なことするんじゃないぞ」
じゃあな、って軽く手を振りながらウィルが歩き始めた。
道の左右に立ち並ぶ店舗に見向きもしないで真っすぐ進んでいる。
突き当りに大きな建物がドンと構えているから、あれが冒険者連盟の建物なんだろう。
規模はこの役所と同じぐらいだけど、圧倒的にボロボロで年期が入っている。
端々に添え木がされてて……あぁ、物理的に壊れたんだなって、漠然に思った。
冒険者、やっぱり怖くない……?
「はぁ、ずっとウィルを見てても仕方ないか」
小さくなっていくウィルの姿をずっと眺めていても仕方がないので、私は意を決して役所の方へ向きなおる。
そして扉の前で深く深呼吸をした。
すーーーはーーーー
落ち着け大丈夫、これは面接みたいなもの。
「し、しつれいしまーす」
おそるおそる扉を開くとカラン、と来訪者を知らせるドアベルの音がする。
頭上で揺れるベルに励まされる形で中に入ると、落ち着いた濃い色の木の内装に赤の絨毯が敷かれた室内が広がっていた。
複数の申請書類が束ねて置いてある棚や、それらを書くためのものであろう長机。
大きな声を出すのも憚られるような落ち着いた雰囲気の中で、一番近いところに目をやると、窓口があった。
個室みたいに一定間隔で区切られていて、向かい側に座るお姉さんが私の姿を見て微笑んでいる。
あぁ、なんだろう。異世界なのにすごく役所……。
役所って言うぐらいだから、貧相ながらも色々想像してはいたけれど、どこの世界もこういう形に行き着くんだなぁとしみじみ思った。
「異世界人様でしょうか」
「!?」
どうしたものかと立ち尽くしていたら、目の前の窓口のお姉さんが声を掛けてくれた。
ガチガチに緊張しながら近付いていくと、どうぞとイスを勧められるので、とりあえず座る。
早い時間に来たのが良かったのか、私以外に人は居なかった。
「おはようございます。本日担当させていただきます、キャロラインと申します。なんなりとお申し付けください」
「えっと……異世界人の申請にきました」
役所の制服なのかな。深い赤色をしたベストとスカート姿をした、見た目OL風のお姉さん……キャロラインさんは、ブルネットの髪をひとつにまとめたカッコイイ人だった。
これが仕事のできる大人の女性って奴なんだろうか。
てきぱきとした動きで書類を取り出すと、そのうちの一枚を私の前に出してくれた。
「はい、異世界人の申請ですね。では、こちらにお名前の記入をお願い致します」
なになに……。マクスベルン大陸内において、召喚された異世界人としての証明書類、か。複数記入欄があるみたいだけど、とりあえず名前だけでいいのかな?
「鏑木、椎名……と。わわっ!?」
側に置いてあった羽ペンで名前を記入すると、空白だった欄に勝手に文字が浮かび上がった。
年齢とかスキルとか、鑑定で見た私のプロフィールだ。
これ、紙が凄いのかな。それともペンが凄いのかな。
どちらにせよ、名前を書くだけで本人確認してくれるのなら、役所の面倒な手続きとか楽そうだよね、私の世界にも欲しいな~!
「カブラギ、シーナ様ですね。突然の異世界召喚に驚いたことかと思います。けれどマクスベルン大陸ならば安心です。我が国は、特別なスキルを持つ皆様が望まれるままに生活をサポートして参ります」
「は、はぁ」
「何かご相談や心配事はございますか?」
キャロラインさんが落ち着いた微笑みを私に向けてくる。
相談や心配事かぁ。
いやぁ、ありすぎて何から話したらいいか分からないんだけど、とりあえず。
「援助金っていくらぐらい貰えるんでしょうか」
やっぱりこれだよね……!
他にあるだろって言われるかもしれないけど、懐に全くお金がないって状況は本当に、本当に、怖いんだって……!
こればっかりは、いくら楽観的な私でも心配なの!お金は大切!
私の顔がよほど必死に見えたんだろう。
キャロラインさんは少しだけ驚いたように目を瞬かせた後、すぐさま何事もなかったかのように元の笑顔に戻った。ぷ、プロだ。
何を言われても顔色を変えず、笑顔で対応するのは接客のプロだと思う。
常に笑顔でってレジ接客でも言われてたなぁ……。
「召喚された異世界人様の状況にもよりますが、一月15ゴールド程でございましょうか。勿論、必要に応じてその都度援助もさせていただきます」
1ゴールド1万円だから……一月15万円貰えるってことか!
微妙にリアルな数字だなぁ。
「こちらの世界に召喚された時点で言語の不自由はないと思われますので、少数ではございますが、援助金を貰いながらスキルを生かして生活をなさる異世界人様もいらっしゃいます」
「あ、やっぱりこの世界の文字が読めたりするのって異世界人だからなんですね」
「はい」
なるほどなるほど、理由が分かった。
初期装備みたいに、言語の知識とかが最初から頭に入れられてるってことなんだなぁ。
凄く助かるけど、誰が言語のインストールしてくれてるんだろう。
あれかな。あの頭の中で喋ってたチュートリアルさん。
でもあの人、変に軽かったし、そんなに凄い人には思えないんだけどううん……ん?
「さっき少数は働くって言ってましたけど、他の人はどうしてるんですか?まさか働かないでのんびりスローライフ?」
「いえ。大半の異世界人様は首都エオンから元の世界にお戻りになられます」
「あー……」
そうか。クレアさんが言っていた。
マクスベルン大陸の首都エオンには、元の世界に戻ることのできる方法があるって。
というか、そもそも私の目標もそれだったわ……。
元々、好き好んで異世界に来たわけじゃないんだから、そりゃ帰れる手段があるなら帰るよね。
実際、私も帰ろうとしてるんだし。
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