第9話 異世界の宿屋で朝食を
「あ~~きもちいい~~~」
湯船につかった瞬間、心からの呻き声が上がった。
宿屋に備え付けられたお風呂は最高だった……本当にきちんと「お風呂」だった。
タイルっぽい床に、しっかりとした石造りの湯船。
広さはそんなにないけれど、旅館にある源泉掛け流しの温泉みたいだった。
そして、びっくりしたのがお風呂の壁。
「富士山……だよね?」
日本の富士山のような絵が壁に描かれていた。
おかしい、ここは異世界だったはずだ。
この世界、所々私がいた世界に近くない?
そもそも、異世界にこんなにも整備されたお風呂ってあるものなの?
そういえば水道とかはどうなっているんだろう。
水道管みたいなものはないけど、湯船の少し上の壁に筒が繋がっていて、そこからお湯が流れてくる。
とりあえず筒の中を覗いてみたら、向こう側が見えるわけでもなく、お湯が顔にかかっただけだった。熱い。
「ふぅ。落ち着いたら、色々考えちゃうなぁ」
勢いと場の雰囲気に飲み込まれて曖昧になっているけれど、この世界に来て疑問に思うことは結構ある。
私が無意識のままにこの世界の文字が読めていたりするのも、そのひとつだ。
まぁ、異世界人専用の援助制度があるくらいだし、私以外にも異世界人が多く来ていて、その人たちが何かしたってことも考えられるけど……んん~。
「ま、どうせこの後聞くでしょ」
役所に行くって言っていたし、その時に説明があるか、なければ聞けばいい。
一人で悩んでいたって仕方ないもんね。
今は身体を綺麗にして、疲れを癒すのだ!
「は~生き返ったぁ。温泉って最高だなぁ」
「おう嬢ちゃん。外に朝飯準備できてるぞ」
「外?」
存分に筋肉を揉みほぐしてから出てきた私を、カウンターの中から出迎えてくれたアネスさんが、宿屋の入り口を指さしながら言う。
外?外にご飯の準備がしてあるの?
いや、まぁピクニックとか外で食べるご飯って、普段よりもおいしく感じる時はあるけども。
言われるまま入り口の両開きの扉を開けると、目の前は広い公園だった。
夜は暗くて見えなかったけど、整備のされた道や花壇。
花壇にぐるりと囲まれる形で、剣を手にした戦士の銅像がドーンと中心に構えている。
よくあるRPGの街の広間だ……!
公園の周りは少し傾斜気味な石造りの地面を土台に、建物も所狭しと立ち並んでいた。
テレビの旅番組で見た、海外の観光地みたいな光景だなぁ。
まだ周囲に人はそれほどいないけど、お昼ぐらいになれば次々と人が行き交って賑やかになるのかな。
「おい。何ぼうっとしてるんだよ」
異世界の風景を見て感動していた私を、現実に引き戻す冷めた声。
うー!せっかくお風呂上がりの後に綺麗な景色を見るっていう、居心地の良い時間を楽しんでいたのに、ウィルってば!
ぐりんっと声のある方向を振り返ると、宿屋の外にとってつけたように置かれたテーブルとイスがあった。
一応、テラス席ってやつなんだろうか。そこにウィルが座っている。
マントは付けているけど、フードは被っていない。
くすんだ金髪が朝日できらきら光ってて綺麗だな。
「飯、食べるぞ」
「え、あ。すみません……!」
まさか待っててくれたの?だから分かりにくいって!
脳内でこっそり呟きながらウィルのところまで行くと、机の上に目が釘付けになる。
「おおお……!!」
二人の狭いテーブルの机には、料理の乗った皿がこれでもかと置いてあった。
大きなお皿には、レタスとトマトっぽい野菜が挟まれたサンドイッチが並んでいて、隙間を埋めるように、串切りにしたポテトっぽいものが添えられている。
その横の平たいカップには、おそらくバジルだと思うものを散らした、黄金色に透き通ったスープ。
バスケットにはこんがりと焼けたバケットが入っていて、とても良い匂いがしていた。
そして、一番気になったのはミルクレープみたいに細かく折り重なった、ふんわり卵焼きが乗った皿。
た、卵焼きだよ、家庭によって味が違うあの、卵焼き。
さすがに出汁巻き卵ではないと思うんだけど……いやでも、そんな事より美味しそう!
ご飯だ!これは紛れもなく最高の朝食だ!!
学校が終わった後におやつのチョコは食べたけど、こっちに来てから、まともな食事は食べていない。
移動中は固い干し肉と水だけだったし。あれ何の肉なんだろう。
昨日の夜は疲れて、結局何も食べないまま寝ちゃったし。
ぐぅうーと腹の虫が鳴る。
食欲をそそるいい匂いに触発されて、私は完全に腹ぺこモードだ。
意気揚々とイスに座り、顔の前で元気よく両手を合わせた。
「いっただきまーす!」
「朝から元気だな、お前」
ウィルの軽いジョブみたいな皮肉も、お風呂上がりプラス、この美味しそうな朝食の前では無力に等しい。
ふふっ、今は何を言われようとも、この食事を前にしたら私はご機嫌なのだ!
意気揚々とフォークとナイフを手に取り、一番気になっていた卵焼きを一口サイズに切って口に運んだ。
ん~~!!!なんだこれ!!おいしすぎる!!!
やっぱり出汁ではないけど、少しの塩味があって百点満点!!
あと、よく見たら、卵焼きの中に何か入っている。塩味するし、シーチキンかなぁ?
触感もふんわり、ほろっ、じゅわぁ~~って感じ!!
勢いは止まることなく、サンドイッチを一口かじる。
レタス!これちょっと甘いけどやっぱりレタスじゃん!シャキシャキしてる~!
トマトは私が食べていたトマトより少し苦みと歯ごたえがあったけど、シャキシャキのレタスとよく合った。
こっちのポテトっぽいものは、間違いなくそのままポテト。みんな大好きポテト。
スープは、コンソメスープだと思う。いや、玉ねぎ……う~んわからない!でも美味しい!
「アネスのやつ……どういうつもりなんだ。いつもはこんな量ねぇだろ」
「もももぐ??」
「口に物入れて喋んな。こっちはサービスだとよ」
「もぐー!!」
ウィルがバゲット入りのバスケットに視線を投げる。
確かに朝から2人でこの量は多いもんね。今の私は、もちろん全部食べちゃえるけど。
ちなみに、飲み物は紅茶だった。こっちも渋すぎず薄すぎずいい感じ。
私はミルクティーが好きだからミルクを入れたかったけど、ストレートでも美味しかった。
まぁ、卵焼きで紅茶を飲むことは異世界っぽいかな。
こくんと味わって飲み、落ち着いたところでウィルと視線が合った。
「だらしねぇ顔」
「よ、よけいなお世話です!昨日ご飯食べてなかったから、お腹すいてたんですよ!」
私の言葉を聞いて、ウィルが軽く笑う。
不意に向けられた笑顔に思わずドキリとした。
フード被ってないから顔面のイケメン力が直接的だ……凄い。
いやぁ、美人は3日で飽きるって言うけど、あれは嘘だな。
私は一週間ウィルの顔を見続けても、飽きる未来は見えそうにない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます