第7話 ベッドが1つなんて聞いてません!



「おお!すごーい!おもちゃの部屋みたいだ!」


ルンルン気分でウィルの後を追いかけ部屋に入った私は、カントリー調の家具で揃えられた室内に目を輝かせた。

折りたたみ式の書き物机に、3人は余裕で座れそうな赤のチェック柄のソファ。

そして大きめのベッドだ。


レトロカントリーって言うんだろうか。

少し白くくすんだ色の木のベッドはふかふかの布団が、ぴっしりと敷かれている。

これならびょんびょん漫画みたいに飛び跳ねても優しくキャッチしてくれそう。


部屋自体はそれほど広くはないけれど、アメリカとかの山奥にある秘密の別荘みたいでテンションが上がる。

あぁ、これで本当に寝て目覚めたら夢でした、だったらどれだけ楽しい異世界だろう。


「テンション上がっている所悪いが、明日は朝一番で役所に行くんだからな、寝坊すんなよ」


室内に全く興味がないといった様子でマントを外し、荷物を机の上に置きながらウィルが釘を刺してくる。


小さな麻袋。

これはお金が入っているのかな、机に置く時に小銭のぶつかり合う音がしていた。

次に、刃の太い2本のナイフ。

抜いている所はまだ見たことないけど、多分ウィルの武器なんだろう。

できるなら抜いた所は見ないまま、首都エオンに行きたい。

後は、食料とかが入っている大きな麻袋……っていうか、こんなに荷物持ってあんなにスタスタ歩いてたの!?


全身を覆うマントで分からなかったけど、こう見るとウィルって細身に見えるし、なんだか意外だ。

やっぱり冒険者ってガテン系みたいに体力が資本みたいな所があるんだろうか。


じっと見ていたら、訝しげに眉を潜められた。

顔が良いと不機嫌そうな顔をしてもかっこいいんだなぁ。

迫力あってちょっと怖いけど。


気まずくなりかけたので、私もソファに腰を下ろす。

あ、あ、あ~~~駄目だ~。一度でもお尻を付けちゃうと、もう動けない!

今更だけど、私、クタクタだったんだ!


「つ、疲れた……」


グッと両手と両足を力一杯延ばすと、凝り固まった筋肉が伸びて気持ちいい。

少し寝ちゃおうかな……。

仮眠って短時間の方が効果的だって聞いたことがあるし、ウィルに時間が来たら起こして貰えばいい。

私天才!


「あれ?そういえば、ウィルさんってどこで寝るんです?」


「ここだけど」


「は?」


「ん?」


私とウィルの視線が重なった。

ここで寝るって、どういうこと?ベッドひとつしかないんだけど。

それとも私が別の部屋で寝るってことなのか。

いやでもさっき部屋は1つしか空いてないって、眼帯の受付おじさんが言ってたし、ウィルも鍵は1つしか貰ってなかった気が……。


いや、まさかそんな、え???同じ、ベッド???

え????嘘だよね。


ボシュと顔に一気に熱が集まっていく。

耳がひりひりするみたいに熱くなって、私は思わず頭を左右に大きく振った。


「だ、だだだだだめーーーー!!!同じ部屋なんて絶対にだめーーー!」


「何言ってるんだ。部屋は1つしか空いてないってお前も聞いただろ」


「聞きましたよ!でも、その……わ、若い男女が同じ部屋で眠るなんてアウトっていうか!

ましてや同じベッドは破廉恥すぎるっていうか!」


無意識のうちに、ものすごい早口になっている気がする。

そうこうしている間に、顔は更に熱くなって、鏡を見て確認しなくても真っ赤になっているのが感じて取れた。

色恋沙汰に強い訳ではない。男友達が多い訳でもないけど、それは駄目でしょ!!

私でも分かるよ!!


「いや、少し落ち着け」


「これをどう落ち着けと!?」


混乱と動揺がマーブルチョコみたいにぐるぐる回ってる。

いっそ強気にウィルを睨んでみたら、彼は私とは真逆な程に落ち着き払っていた。

胸の前で腕なんか組んじゃって、かっこよくなんかな……いや、ある。


「言っとくが、金がかかるから宿屋で泊まる時は基本的に同室だ。これに関しては譲れない。

お前が2部屋分料金を払うって言うなら俺は喜んで別室に移るけどな」


「うっ……」


「そもそも、宿屋に泊まれることは稀だ。旅をする上では野宿の割合の方が圧倒的に多い。

お前、その度に横に俺がいるのがイヤだって離れて寝るのか?」


「ううううっ……」


そりゃそうだけど!そりゃそうだけど~~!!

異世界では普通のことなんだろうけど、召喚されてやってきた女子高生には少しハードルが高いんですってば!

……なんてことも言える筈もなく、私はしぼんだ風船みたいに意気消沈してしまった。


「それとな。これは一番言っとかないと駄目な事なんだが」


「はぁ」


まだ何かあるの。もうこれ以上私の心を虐めないで欲しい。


「お前みたいな子供と一緒に寝ても、万が一なんてことは絶対に起きないから安心しろ」


「は……」


「俺はもっとグラマーな方がタイプだ」


数秒の間。


「どういう意味ですかそれ!?」


「そのまんまの意味だろ。子供に興味ないんだよ」


「私、17歳なんですけど!」


大人の女性と言わずとも、立派なレディでしょうが!

さっきまで羞恥心だと叫んで真っ赤だった顔は、今度は怒りの赤に塗りつぶされてしまった。


しれっと大変失礼なことを言う男は、どんなにイケメンであろうとも許さん!!

もし今手元に何か投げられる物があったのならば、私は迷わずウィルに向かって投げつけていたと思う。

それはそれは華麗なフォームで。


「てなワケだから安心してソファを使ってくれ」


「しかも私がソファなんですか!?」


「部屋の金出してるの俺だしな」


こ、この男……絶対に割引の件を根に持っている。

確かに私が悪かったけど、せめて異世界初日ぐらいはベッド譲ってくれてもいいじゃない。

何回も言うけど、心狭すぎないか!?


そうこうしている間に、ウィルは再びマントをつけながら小さい麻袋と2本のナイフを手に取り、我関せずとばかりに戸口に向かう。

ドアに手をかけた状態で、ウィルが此方を振り返った。


「ちょっと出かけてくる。遅くなると思うから先に寝とけ」


じゃあな。と捨て台詞を残して扉が閉まる。

ご丁寧に鍵の閉まる音までして、私は行き場の無くなった怒りを持て余したまま、ソファに突っ伏した。


「ぐぬうううう、こんな状況で3ヶ月とか私耐えられない」


これはもう最初に落ちた場所が悪かったのか……。

クレアさんは凄くいい人だった。親切にしてくれたし。

ウィルはどうなんだろう。いや、まぁ嫌々護衛をしてくれているのが分かっているからこそ、申し訳なさと罪悪感が胸に引っかかって強く言い返せないのだが。

だとしても、ちょっと扱いが雑じゃないか。


「はーぁ。異世界なんてなんで来ちゃったんだろ」


訳の分からないまま召喚されて、見知らぬ土地でひとりぼっち。

まだ1日しか経っていないのに、バイト先が恋しい。

みんな心配してくれているかな。それとも急に休んだから怒っているかな。

色々考えていると、気持ちが沈んできた。


やだやだ、前向きに考えよう。泣き言言っても、明日は来ちゃうんだから。


棒みたいになった足を見ると、ローファーはすっかり傷だらけになっていた。

運動靴じゃあるまいし、8時間も舗装されていない所を歩けばこうなるに決まっているか。

気持ち、身体も埃っぽい。そういえばウィルにお風呂とかあるのか聞くの忘れてた。

できれば、綺麗な身体で眠りたかったけど、もう無理、限界。瞼がくっつきそう。


明日何時に起きるんだろう。朝早いって言ってたな。

朝ご飯は食べれるのかな。役所でやる申請って難しくないかな。


……ひとりはやっぱり怖いな。


遠くでかすかに聞こえる賑やかな声を子守歌に、私はいつの間にか眠ってしまったのだった。


それから3時間。

すっかり蝋燭も溶けて、室内を暗闇が包み込んだ頃、ウィルは帰ってきた。

彼はソファの上で眠る私に気付くなり、嘆息する。


「なんでベッドで寝てないんだコイツ」


そして、


「……たく、せっかく部屋を出て行ってやったんだから、ベッドで寝る厚かましさぐらい持ってろよ」


なんて言っていたのを、私は知らない。


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