第6話 宿屋のマークは家ですよね
首都エオンまでの護衛を無事(?)にゲットできた私は、クレアさんと別れて現在地から一番近い街「トータ」へ向かうことになった。
てっきり馬車で街まで送ってくれるのかと思っていたんだけど、当然ながら依頼者さんの物だったので乗せてはもらえなかった。
そりゃまぁ、そうか。世の中そんなに甘くはないよね。
ということで、絶賛徒歩で移動中なんだけど……。
「ちょ、ちょっと……待ってくださいよ~!ウィル…さん!」
「夜になる前にトータに付きたいんだよ。お前だって何の準備も無しに野宿は嫌だろうが」
「そりゃ、そうです、けど、ぜぇはぁ」
私の遙か前方からウィル(心の中では呼び捨てしちゃう)の声が響く。
無表情でスタスタ歩いちゃってますけど、もう5時間は歩きっぱなしだったりする。
小さい頃、田舎に住んでいたこともあって、ヤンチャに野山を駆け回っていた私は、それなりに足腰に自信がある。
バイト中だって、レジは基本立ちっぱなしだしね。
でも、5時間ずっっっと歩きっぱなしは流石に疲れますよ!
休憩しようって言いたくても、ウィルはこの通り、私の言葉なんて聞く耳持たないって感じだし。
そもそもクレアさんに言われたのと、自分に付いた半額を外す為に私の護衛を彼はしてくれているわけで……あんまり強く言えないというか。
それこそ、更にウィルを怒らせて、この何も知らない世界にぽいっと放り出されるのだけは避けたい。
「前途多難だなぁ」
はぁーと大きなため息が出た。
とはいえ、歩かないと到着もしないので、渋々足を動かす。
こちらを振り返って確認しているウィルと目があったので、大丈夫という意味合いで笑いながら手を振ってみたが、フイッとすぐに前を向かれてしまった。
も~~!!歩きます!キリキリ歩きますってば!!
「やっと、ついた……」
トータの街に付いた頃には、周囲はすっかり暗くなっていた。
街の入り口を知らせる松明の火が見えた瞬間、冗談抜きで飛び跳ねて喜んだぐらいだ。
だって、もう本当に大変だったんだから!
あの後、更に3時間は歩いたから、合計8時間!!
途中、一度だけ休憩を取ったけど、それも30分くらいで、そこから更に歩きっぱなし。
周囲が暗くなりはじめたら、遠くから獣の鳴き声はするわ、草に足を取られて転びそうになるわ、もうっもうっ大変だった。
街の明かりってこんなにも安心するんだなぁ……。
「この程度で疲れたって文句言ってたら、到底エオンまで付けないんじゃないのか?」
感動に浸る私をウィルの鋭い言葉が抉る。
首都エオンまでは最低でも3ヶ月は掛かるって言っていた。
現実問題、ウィルの言う通りなのだが、今は忘れたい。
とりあえず、布団で寝たい。
なんなら、そのままぜーーんぶ寝オチだったっていうシチュエーションでもOKですよ。
「何とでも言ってください。もう、今日は疲れて何も言えない……」
超グロッキー。足は棒。
分かりやすくやつれた私を見て、ウィルさんはうわっと声を上げた。
乙女に向かって何だその言いぐさは。
「とりあえず、こんな時間だからな……店も開いてないし、役所の手続きとかは明日するとして、今日は宿屋に泊まるぞ」
「宿屋!」
宿屋、すなわちベッド!!
俯き気味だった姿勢が勢いよく伸びる。
夜も遅いから、街の雰囲気はよく分からないけれど、ぽつぽつと明かりが付いている所がある。
そして、その内のひとつ。
大きな広場を挟んだ向かい側に家のマークが掘られた看板がぶら下がっていた。
「あれですよね!宿屋って、あれだよね!」
「何で分かるんだよ」
「古来より宿屋はあのマークです!」
「お前疲れてたんじゃなかったのか?」
急に元気になった私を見て、ウィルが肩をすくめた。
「疲れてますよ、凄く!だから早く宿屋で休みたいんですって」
「現金な奴」
「何とでも言ってください。旅慣れしてるウィルさんに異世界人のことなんて分かりませんよーだ」
べっとウィルに向かって舌を出し、私は期待を胸に歩き出す。
堅い石畳の床を軽快に進めば、宿屋の入り口が見えてきた。
宿屋『フェアリリス』
うんうん、名前もなんだか可愛い感じがする。
あれ、そういえばなんで私、この世界の文字読めるんだろ。
もしやこれが異世界人の恩恵?
「ま、後で考えようっと」
頭が働かない。疲れから早く休むことしか考えられなかった。
とりあえず今は宿屋!ファンタジーの定番!
これはもう扉を開けた瞬間、人の良さそうな女将さんが疲れた私を出迎えてくれるに違いない。
期待を胸に、私は勢いよく両開きの扉を押し開いた。
「おじゃましまー……あ?」
喜びから、多少オーバーな態度で入店した自覚はあった。
それはまぁ、仕方ないよ。テンションが上がってたんだもんね。
でも、そんな私を出迎えたのは
「らっしゃい!ようこそフェアリリスへ!」
地を這う蛇みたいに低い声をしたゴリゴリマッチョな強面おじさんと、宿屋の待合室に座る場所もないぐらい溢れかえる、怖い顔の人達の突き刺さるような視線だった。
「ひ、え」
「混んでいるな。ほとんど冒険者か」
正直な所、ここで気絶しなかった私のことを誉めてほしい。
だってさ、想像してよ。まず入ったところのイスね。
4人掛け席が壁に沿うように置いてあるんだけど、そこに4人の怖い顔。
次は周りの壁に立っている人達。
貼ってある地図を隠すみたいにして、大きな全身鎧の人と背中からはみ出るぐらい巨大な剣を背中に背負った2人組が立っている。こっちも顔が恐い。
その横には同じ鎧で揃えている日に焼けたムキムキマッチョ集団。これまた顔が怖い。
極めつけは宿屋のカウンターだよ!
内側に立っている宿屋の主みたいなおじさんが一番やばい。
厳つい顔に黒い眼帯をしていて、そこから大きな傷が見えている。ていうか色んな所に傷ある。
そしてもちろんムキムキマッチョで更にスキンヘッド。ひ、額が狭く見えていいですね。
さっきまでは疲れて今にもぶっ倒れそうだったけど、今は別の意味でぶっ倒れちゃいそう……誰か助けて。
「アネスのおっさん。いつもの部屋空いているか」
「おう、何だ久しぶりだなウィル。あぁ、空いている。だが見ての通り今日は街道で事故があったみたいで大繁盛だ。1部屋しか貸せねぇぞ」
「十分。野宿よりマシだ」
完全に固まっていた私の横を抜けるみたいに入ってきたウィルが、気軽におじさんに話しかけている。
この状況恐くないの!?って思ったけど、慣れた手つきでフロントから投げられた鍵を受け取ったウィルが、早くこっちに来いと顎を持ち上げて、すぐ側にあった階段を上りはじめる。
私は犬か猫か!!
とはいえ、無数の強面さんに囲まれたまま残る勇気はないので、私は駆け足でウィルを追いかけた。
階段を登り始めると一瞬静寂に包まれていた受付辺りから賑やかな声が響きだす。
感覚的には居酒屋の横を通りかかった感じだ。
賑やかだけど、陽気で愉しそうだなぁ~って。まぁ側に行く勇気はないんだけど。
その声も、2階に上がってしまえば、それほど気にならなくなった。
階段を中心に左右に分かれた右側の通路を、スタスタとウィルが進んでいる。
慌てて追いかけていくと、彼は一番奥の部屋で鍵を使い、先に中へ入った。
あぁ、念願のベッド!やっと休める~!!
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