第4話 割引シールをお貼りしますね
レジを試してみて、この感じだったら本当に珍しい技術なのかも。
だとしたら、ちょっとは異世界人らしくなってきたんじゃない?
とは言っても、そのスキルが使える腕輪をしているだけではあるんだけど……ん?
「クレアさん、さっきこの腕輪は凄く貴重って言いましたよね」
「えぇ。スキルの腕輪は当然だけど異世界人しかもってないから~、数が限られていて、とても重宝されているの」
「それって、私の腕輪がスキル目当てで狙われるってことも……」
「あぁ…………あるわね」
「やっぱりー!!」
コテンと小首を傾げるクレアさんの笑顔を見て、一瞬にして背中が凍り付いた。
ほんの少し、伝えるのを躊躇してくれたクレアさんの優しさに感謝しながらも、心臓はバックバクだ。
やばい、自分の容姿が改変されていないことに憤るよりも先に、もっと焦らないと駄目なことだった。
こんな見るからにワケの分からない格好して、腕に腕輪付けているなんて、カモがネギしょって……いや、土鍋と出汁も一緒に持っているようなもんじゃん。
せめて、腕輪だけでも隠しておかないと。
「と、とれない!?なんで!?」
「そりゃ、スキルの腕輪はお前の能力と結びついて付いているもんなんだから、外れるわけないだろ」
「そんなー!?え、じゃあどうやって腕輪強奪するんですか!?」
「簡単だ。お前の腕から下をそのままスパっと……」
「いやーーーー!」
ガーンと頭上で古典的な効果音が鳴る。
あまりの恐怖に、完全にパニック状態のまま腕輪を外そうとするけど、どれだけ引っ張っても腕輪はビクともせず、嘆息するウィルさんの視線だけがビリビリ突き刺さってくる。
前にはウィルさん、背後にはいつか腕輪を狙ってやってくるかもしれない、ならず者の影って感じで、針のむしろ状態じゃん。
「まぁまぁシーナちゃん、そんなに怖がらなくても大丈夫よ~。昔はそういうこともあったって話だから。ウィルも必要以上に脅さないの」
「別に、本当のことだろ」
冗談抜きにガクブルしていた私を見かねて、クレアさんが優しく背中を撫でてくれた。
思わず、すがりつくように腕を掴んでも、彼女はそのままにしてくれる。
優しい…ウィルさんとは大違いだ。
いや、もうウィルさんはウィルでいい。今決めたそう決めた。
「心配しなくても今は異世界人へのサポート体制もしっかり整っているの。役所に異世界人として召喚されましたって申請書を提出すれば、金銭的な援助や住居も保証されるわ~」
え、異世界なのにそんな福利厚生がしっかりしているの?
役所に「私は異世界からきました!」って申請するとか、ちょっとコントみたいんだけど。
「それにね、ここマクスベルン大陸の首都エオンは異世界人を元の世界へ戻す装置がある数少ない国の一つなの~」
「えっ。私、元の世界に戻れるんですか?」
「えぇ。エオンまで行かなきゃ駄目だけどね」
話を聞くと、この世界は7つの大陸に分かれていて、それぞれ大陸名がそのまま国の名前になっているらしい。
ここ、マクスベルン大陸は大小様々な都市が集まってできたマクスベルン国とのこと。
それの中心を担う都市、つまり首都がエオンという名らしい。
お先真っ黒だった私の目の前が一気に明るく広がっていく。
こういう異世界召喚って元の世界に戻れないのが普通だと思っていただけに、一生この恐怖が続くのだと思いこんでいた。
でもそうだ、召喚するパワーがあるなら、元の場所に再度召喚する別のパワーだって存在しえるってことだよね。
私、元の世界に帰れるんだ!
元々単純な性格をしているってよく言われたけど、目標が決まった瞬間途端に気分が軽くなった。
自分で言うのもなんだけど切り替えが早いって素晴らしい。
よし、当初の予定は元の世界に戻して貰うことに決定だ。
そうと決まれば善は急げ。
こんな危ない世界に一分一秒と長居しないためにも、冒険者の二人にエオンの場所を聞かないと。
私は、クレアさんから柔らかくて甘い腕の中から抜けると、満面な笑みでクレアさんとウィルをみた。
「じゃあ、私エオンに行く事にします!エオンってどこにあるんですか?」
すると、しばらくの間。
あれ、私、何かおかしなこと言ったかな。
「もしかして、エオンって遠かったりします?」
異世界の地理なんて全く分からないから、的外れなことを聞いてしまったのかもしれない。
もしかしたら、ここから少し遠いのかも。
「エオンは、ここから北上したマクスベルン大陸の中央辺りにある」
やっぱり~、少し遠いんだな。
「ちなみに、今いる場所はマクスベルン大陸の南西部。ここからだと最低でも3ヶ月はかかる」
「3ヶ月!?」
そんなにも歩かないと駄目なの!?
そもそも、3ヶ月もこの大陸に独りぼっち……駄目だ、病む。絶対に病む。
「飛行機とか電車とか……えっと、乗り物で移動する方法ってないんですか?」
絞り出すような声で相談すると、クレアさんは少し困ったように眉を下げた。
「う~ん。相乗り馬車があるにはあるんだけど、旅慣れした人向けね。シーナちゃんは1人だし女の子だし、ちょっと大変かもしれないわ~」
夜行バスみたいな感じかな。
安いには理由があるみたいに、相乗り馬車っていうのも似たようなものかも。
クレアさんがあんまりおすすめしてこない感じからして、治安がよろしくないのかなぁ。
とほほ。
どうしよう、これは本格的に1人で歩いて行かないと駄目なんだろうか。
でも1人は1人で危ない気がする。
だって、剣とファンタジーの世界に、魔物みたいな存在が居るのはお約束だから。
「じゃ、じゃあどうしたら……」
「冒険者を雇えばいい」
「冒険者?」
「金払って、エオンまで護衛してもらうんだよ。役所に登録したらある程度の援助金が貰えるから、それで依頼したらいい。まぁ、エオンは遠いから金もそこそこかかるだろうが、お前のスキルなら行く街々で冒険者相手に小銭稼ぎぐらいは出きるだろ」
なるほど、山を歩くなら山岳ガイド、異世界を歩くなら冒険者ガイドってことか。
こういう職業って信頼が一番って言うから、変な事もされる可能性も低そうだし。交渉や相性次第によっては相乗り馬車よりもはるかに安全かもしれない。
その時、ふと私は目の前の2人が目に入った。
一流の冒険者。ウィルと一緒にいるクレアさんもきっと同じように超一流なんだろう、だったらここで出会えたのも何かの縁だし、彼女達にエオンまで送ってもらえないだろうか。
「じゃあ……」
「駄目だ」
「まだ何も言ってないじゃないですか!」
「どうせ、俺達にエオンまで護衛してくれって言いたいんだろ」
「うっ」
見透かされているじゃん。うぐぐ、でもここで引き下がってたまるか。
こっちは生死が掛かっているんだから。
「分かっているなら話は早い。私をエオンまで護衛してください!お金なら払いますから!」
「生憎、今は別件で護衛任務中だ。それに役所の援助金程度じゃ隣街に行くぐらいしかできないからやめとけ」
しっしっと猫でも追い払うようにしてウィルは私を軽くあしらってきた。
そういえば、すっかり忘れていたけど少し離れた所に牛…じゃなくて馬車が停車したままだった。
そこから、分かりやすく成金風の小太りのおじさんがこちらを伺っている。
なるほど、クレアさん達はあのおじさんの護衛任務中だったってことか。
「まぁ、金次第だけどな。とりあえず役所のある街までは送ってやるから、そこからは自分でなんとかしろ」
「そんなぁ~」
最後の頼みでクレアさんを見たけど、ごめんなさいねぇ~と甘々ボイスで謝られてしまった。
うう、やはりどんな世界に行こうとも、世の中は金だった。
いや、確かな存在ではあるけども。
はー、役所の援助金ってどれぐらい貰えるのかなぁ。
そういう公的機関って色々と渋いイメージがあるから、そんなに貰えないかもしれない。
多かったとしても、ウィルやクレアさんを雇うには到底足りないってことかぁ。
あ、もしかして合計金額ってウィルを雇うには100ゴールドかかりますよってこと?
100万とか足りるわけないじゃんーー!!せめて半額にしろ!
「ん?」
その時私は、スキルで出したレジのディスプレイがウィルの詳細情報で止まっているのに気付いた。
左にウィルのステータス。右下にはウィルを雇うのに必要な合計金額。
そして、
「そういえば、これ何に使うんだろ」
右上に表示された複数のボタン。
そのうちの一つがピカピカと光っていた。
「割引……?」
試しに画面に触れてみた。タッチパネル対応のディスプレイは、割引ボタンを押すと、そこから20%、30%、半額、と更に細かく表示される。
ピーンと来た。
これはもしや商品をその通り割引にしてくれるのではないだろうか。
だとしたら、ウィルさんの依頼料をこのスキルで半額に出きるのでは。
頭がいい、冴えてるぞ私!
心臓が好奇心にドキドキする。絶対に押すなよ!と言われた時みたいだ。
まぁ、いざとなったら訂正できるでしょ、レジだし。
そう私は軽い気持ちで半額ボタンを押したのである。
ぽちっとな。
『半額、デス』
レジから女性の堅い音声が響く。
「な、なんだ!?」
レジが出てきた時みたいに、光の細かい粒子がウィルに集まっていく。
漫画のキラキラ表現みたい、って呑気に見守っていたら、光はすぐに収束して、そこには先ほどとなんら変わらないウィルが立っていた、ように見えた。
目に見える変化がなくて、私はレジのディスプレイを見た。
合計金額が100ゴールドから50ゴールドになっている!
やったー!!半額成功だー!
「なんで……」
ん?ウィルの声が小さく震えている。
「なんで俺のレベルが下がってるんだよ!」
そして、叫び声が響いた。
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