第6話 DD51・風と共に去りぬ
魔法使いの世界を創る空間をあっという間に突き抜けたDD51 銀河鉄道異世線・愛称最強線が、これだけ早く宇宙空間へ到達出来たのには訳がありました。
恋万里が信号無視を貫き通したからです。
出発間近、魔法使いの世界の宙は大渋滞をしていたのです。
帰省ラッシュの鶏星線は乗車率205%でお客さまトラブルの為遅延。
その路線と交わるキンキ鉄道椀内線は、キンキ星人たちが線路を占拠する行動を起こして運休。
各鉄道に配置されたスジ屋たちはダイヤグラムを修正するも、夜鷹労組によるスト突入の影響で銀河鉄道全域で伝達業務完全マヒ。
その結果、稀に見る大渋滞となってしまった宇宙空間には様々な列車が立ち往生していたのです。
恋万里はどこかの血管が切れてしまいました。
全ての信号星が『赤・赤』だったからです。
愛するDD51を最高速度で運転しながら狂おしく乱れる様は正しく最強でした。
一方で、スカーレットを乗せた客車内は平穏そのもので、コムサは滅多に見せない南京玉すだれの得意技を披露していました。
音楽は何処からともなく流れてきます。
これも銀河鉄道異世線のルールなのです。
ーあさて。あさて、さても南京玉すだれ。ちょいとひねれは、ちょいとひねれば生命と月と真心の月光の夜の希望かな。あさて、あさてー
スカーレットは形を変える南京玉すだれの芸に拍手を惜しみなく送り続けましたが、とっても眠たくなってきたのです。
程なくして。
『当列車は間も無く、インプリンティング・フォレストへ到達します』
という恋万里の声が聞こえて、スカーレット達は宙のぬくもりを感じはじめました。
インプリンティング・フォレストは、何万とある宇宙空間それぞれに存在する事象の歪みです。
異なる世界へ転生するには、生命体は必ずそこを通過しなくてはなりません。
スカーレット達が包まれているやさしい宙のぬくもりの中では、過去の記憶が一時的に消失します。
そして新たな世界で存在し、経験したであろう事象が記録として刷り込まれるのです。
こうした一連の流れを、記憶のゆりかごと呼ぶこともあれば、刷り込みの森と称されることもあります。
ところが、インプリンティング・フォレストの影響を全く受けない生命体もあるのです。
それは、銀河鉄道の業務に関わる全ての者たちに与えられた特権でもありました。
実際に恋万里もコムソも、数えきれないほど事象の歪みを通過していました。
また、転生した世界から元の世界へ帰還する際にもこの場所を通らなくてはなりません。
今度は転生先での記録は残されたまま、自我がゆっくりと再生されていきます。
この事象は宙のお土産と呼ばれています。
DD51はそんな世界の真っ只中を通過していました。
運転をしなくてもインプリンティング・フォレスト自体が、転生先へと列車を導いてくれるので、恋万里はお化粧を丁寧に直していました。
コムソは客車のボックス席でひとり、詰め将棋に興じています。
スカーレットと鳥かご内のひねもすとタマオちゃんは、寝言をたくさん言いながらすやすやと眠っています。
記録の刷り込みが上手くできている証拠です。
『ハロー。グッモーニン。タピオカ飲みに行こ・・・先生ったらもう・・・ABCDEFG・・・あいうえおかきくけこ・・・ぎゃふん・・・テニスとミュージカル・・・パパはアメリカ人でママは京都生まれなの・・・私、英語喋れません・・・』
スカーレットの転生記録です。
『そんなことしちゃいけない。大切なんだよ・・・あ、道は右に・・・違う違う・・・ゆっくりでいいから・・・あ、それはダメ・・・ここ、ここに盛って・・・いい味・・・』
ひねもすの転生記録です。
『えへへへへへへ。せんぱあ~い・・・やだやだやだぁ・・・行く行く行くもん・・・えへへへへへ・・・あははははは・・・わあ・・・そ、そんな・・・しっかりしてください先輩!』
タマオちゃんの転生記録です。
DD51はインプリンティング・フォレストを過ぎようとしています。
恋万里は制動レバーを握って、コムソも運転室側のタラップに出て脇差を掲げました。
白い世界の先に、宇宙空間と青い星とキラキラ輝く無数の物体が見えてきました。
恋万里が叫びます。
『離脱するぞ!』
コムソは頷いて脇差を水平に保ちました。
宇宙空間に響く汽笛の先には地球が青く輝いていたのでした。
魔法使いの世界と破壊された感覚の世界とを繋ぐ銀河鉄道異世線は、更なる困難に見舞われました。DD51の行く手を宇宙ゴミが遮っていたのです。
地球の低軌道450KMを超高速で通過する宇宙ゴミと衝突してしまえば、この最強と呼ばれた車体もひとたまりもありません。
しかも以前に訪れた時よりも、その量は確実に増えていたのでした。
空とお月様の間にある異世界への入り口は、地球の地表から高度103KMの熱圏に存在しています。
インプリンティング・フォレストを抜けたDD51はその場所までは物体として存在するのですが、たどり着くには高度な操縦技術を要します。
女王様のべろ。
と称される異世界からの出入り口は、真っ赤な光の長い帯で構成されています。
DD51は地球の自転と同じ方向に進みながら高度を下げ、べろの中へ突き進んで幻体となり乗客を転生させるのです。
破壊された感覚の世界・すなわち地球では幻体のさまを『霊魂』とか『幽霊』と呼び恐れていますが実は違っていたのでした。
タラップに仁王立ちとなったコムソは。
『ふんふんふん』
と鼻息を荒くして脇差を掲げています。
客車ではスカーレットたちがすやすやと眠っています。
運転席の恋万里は舌なめずりをして叫びました。
『いくぞぉぉぉぉ!ごみどもぉぉぉぉぉぉお!」
すると恋万里の胸に刺さったままの銀の短刀と、コムソの胸に刺さったままの金の短刀が輝きました。
大気圏内は異世界者にとっては戦場です。
短刀から放たれる光のオーラは覚悟の証でした。
DD51は唸りをあげながら地球の周回軌道へと侵入を開始しました。
地球上空450KM付近。
恋万里は急加速を繰り返します。
運転席の前を攻撃実験で破壊された衛星の燃料タンクが通過します。
キラキラ眩い太陽光パネルが弾丸の様に飛んでいきます。
しかしDD51は恐れを知りません。
最強なのです。恋万里とコムソは最強の鉄道マンなのです。
地球上空300KM付近。
コムソは天下無敵の座標屋です。列車の角度を自在に操る能力はコムソ一族に伝わるチカラなのです。
脇差を右斜めに上げた直後、傾斜した車体の車輪をかすめる様に廃棄された気象衛星が過ぎ去っていきました。
地球上空200KM付近。
DD51の真下にオーロラが見えます。間もなく女王様のべろが見えてくる頃です。DD51の両サイドを、打ち上げ時に使用されたロケットが飛んでいきました。
真上には国際宇宙ステーションの明かりが見えています。
恋万里は。
『ちょろいぜ!』
と言って、一気に加速を試みました。
その時です。
運転台の窓にペタッと何かが張り付きました。
コムソの鼻提灯玉などではありません。
ワイパーを動かしましたがあまりのスピードに折れてすっ飛び、自身がまた宇宙ゴミを作ってしまう皮肉な結果に恋万理は苦笑いを浮かべました。
張り付いたものの正体は手袋でした。
宇宙飛行士が使っていたであろう分厚い手袋が恋万里の視界を遮って、DD51は瞬く間に操縦不能に陥ってしまいました。
女王様のべろはすぐそこです。
コムソはタラップから客車に転がり込みました。
真っ赤な光の帯目がけてDD51は進みます。
しかし僅かに軌道を外れていて、このままでは物体化した列車もろとも墜落してしまいます。
恋万里は急ブレーキをかけました。
地球上空103KM付近。
女王様のべろ目前で、DD51の運転台側面ににプラスのドライバーが当たりました。といっても相当な威力です。
ところがそのお陰で、DD51は異世界の入り口へきりもみしながら侵入することが出来たのです。
スカーレットとひねもすとタマオちゃんは、くるくる回転する車内で幸せそうな寝顔です。
一方の恋万理とコムソは目を回してしまいました。
もうどうにでもなれの心境でしたが、やはり最強線は最強な幸運に恵まれていたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます