第4話 ロマンス

ーロマンスは軽はずみな鳥の羽根の様なものー


そう思ったスカーレットでしたが『鳥の羽根』でハッと我に返りました。

腰に結わえたきんちゃく袋の中のお供たちの存在をすっかり忘れてしまっていたのです。

レットの目を盗んでごそごそ中を確認すると、お供たちは何事もなくグーグーとくちばしを開けながら眠っていました。

安心したスカーレットはきんちゃく袋を胸に抱いたまま天を見上げました。

異世界に広がるストーリーに夢焦がれてしまいました。

勇ましい闘いのドラマや愛欲に満ちた世界。

この魔法使いの世界よりも刺激的な物語の登場人物に、自分もなってみたいと考えていました。




サラサラと音がします。

新緑色の光が陽炎のようにふわりふわりと落ちてきました。

月と星たちの明かりに照らされながら・・・。


『スターダストかしら?とてもキレイ・・・』


『ん?』


『エメラルドのスターダスト。この世界では御法度の魔法を、レット様はお使いになって?」


『まさか』


スカーレットは手のひらでエメラルドスターダストをすくおうとしました。

チクリとした感触がします。

不思議に思ってそれを見ると、何やら細かく砕かれた草のようです。

くんくんと匂いを嗅いでも、やっぱりただの草でした。

すると、大量の笹の葉がスカーレットとレットめがけて落っこちて来たのです。


『いやあ!』


スカーレットは悲鳴をあげてレットに抱きついてしまいました。


スカーレットとレットが笹の葉まみれになっていた頃。

ほうき星星団の中を、DD51は加速と停止を繰り返しながら進んでいました。

機関部近くのタラップにいたコムソは胡坐をかいて眠り込んでいます。

編み笠の隙間からは、鼻提灯がふうせんみたいに膨らんでいるのがわかりました。

やがてそれはポンと途切れて鼻提灯玉となって、人間界では最近見られなくなった『シャボン玉』みたいにキラキラしながら宇宙の果てへと飛んでいきました。

運転席からも、コムソが作り出す鼻提灯玉は確認できました。

恋万里は内心。


『きたねえ・・・』


と思いながらも、窓に取り付けられたワイパーを動かすのだけはやめました。

鼻提灯玉が破けて窓にこびりつくのを想像しただけで気持ちが悪くなったからです。

恋万里は久方ぶりにキセルに火をいれました。

白煙は竜神様のようでした。

身をくねらせて恋万里の身体にまとわりついています。

胸元に刺さる銀の短刀にその神様が触れた時、恋万里はどうしたわけか悲しくなって、涙がぽろぽろと、そしてまたぽろぽろとこぼれてしまいました。


『ざけんな・・・』


恋万里はキセルの灰を宇宙へ流しました。

ポンポンと柄を叩く仕草もいやでした。

そして再び役には立たないキセルを咥えると、目前の信号星が『赤・赤』に切り替わるのが見えました。




宇宙空間を飛び回る銀河鉄道伝達士・夜鷹はその名の通り鷹です。

巨大な羽根をバタバタさせながら飛んで来ると、DD51と並走しながらこう言いました。


『この先で線路侵入・この先で線路侵入。大幅な遅延・大幅な遅延』


『ええっ。また?』


『詰まってる。列車詰まってる』


『ムカつく』


『安全運転されたし・安全運転されたし』


夜鷹が言ったそばから、DD51の前を銀河鉄道妃拶線・キハ・40型がものすごいスピードで走り抜けていきました。

4両編成のキハ・40型は、まるで夢の超特急のように消えていきました。

夜鷹は慌てて追いかけます。

そのスピードは夢の超特急よりも早いのです。

なんだか馬鹿馬鹿しくなった恋万里は制動把手を緩めました。

シューっと圧が抜ける音は快感でした。

そうして制御レバーを握ってノッチを刻み始めると、DD51は次第に加速していきました。

コムソの鼻提灯玉も加速しながら飛ばされていきました。

恋万里は舌なめずりをして呟きました。


『KA・I・KA・N・・・』





恋万里が『KA・I・KA・N』と本音を誰にも内緒で呟いていたその時です。

端っこ駅のベンチに座らされたスカーレットとレットは、有田焼にも似た湯のみで笹茶に舌鼓をうっていました。

大きな白黒の山だと思い込んでいたのは実は法王の巨体で、生まれて初めて見た偉大な権力主がパンダであるー異世界では別扉の空間にパンダ界が存在します。その為にパンダは全宇宙世界共通なのですー事実に拍子抜けしてしまいました。

けれども見れば見るほど愛らしい姿に、スカーレットは徐々に心を開いていきました。

法王が言いました。


『来客なんてのは久方ぶりでよぉ。だからなんかうれしくなっちまってなあ、もりもり張り切り過ぎたら笹の葉がのどにつっかえてしまってなあ。ほんと悪いことした堪忍してけろぉ』


黒い瞳をぱちぱちさせながら、法王はぺこりと頭を下げました。

スカーレットはきんちゃく袋を胸に抱いていました。

中のお供たちのゆったりとした鼓動を感じます。

出来ることなら、ひねもすやタマオちゃんにも法王の姿を見せてあげたいけれどそれは無理です。内緒で連れてきてるのですからー。


『法王様、我々にこのような丁重なもてなし。感謝申し上げます』


レットが見上げたまま言いました。

スカーレットも失礼があってはいけないと首を反らしていましたが、さすがに疲れてしまいました。

それを知ってか知らずか『楽にしてちょ』と法王が言うと、レットの口から安堵の息がもれました。

くすくす笑うスカーレットを見て、レットが知らぬ顔で言います。


『なかなか上品なお茶だ』


と。

すると法王が耳をプルプル震わせて、にんまり笑顔で言いました。


『まだまだおいしいものあるから。列車来るまで楽にしてちょーよ。おーい、紅志乃や、はよ持ってきてくんろぉ』


法王に呼ばれた紅志乃は秘書です。

黒縁の度の強い眼鏡とフレッシャーズスーツはいつも清潔で、脇に抱えたシステム手帳は宝物でした。

紅志乃は何処からともなくカートを押しながら現れると、スカーレットとレットの前に簡易テーブルを設置してクロスを広げ、異なる世界の美味しいお菓子を山積みにしました。

スカーレットはそれを見て言いました。


『わあ。どれも見たこともないものばかり。とても甘い香りがするわ。おいしそうだけど、なんだか口に入れるのがもったいないわ、感謝しますわ。おやさしい法王様』


法王は満足そうでした。

ざわざわと音がしています。

ダンシングフラワーたちがいっせいに踊り出しました。

それを見たレットはスカーレット言いました。


『さ、いただきましょう。せっかくのおもてなしを粗末にしてはならない』


レットは知っていたのです。

ダンシングフラワーが踊り始めるのは列車が近付いている証だと。

ほうき星の隙間に見えていた光の輪っかは、どんどん大きくなっていました。





切り株みたいなスポンジケーキに、ひたひたに染み込んだオレンジチョコソース。スカーレットが顔を近づけると、ほのかなラム酒の香りが漂っていました。

指ですくってひと舐めして、スカーレットは笑みを浮かべて紅志乃に言いました。


『大人の味ってやつかしら? これはどこの世界のお菓子なの?』


紅志乃は分厚いシステム手帳を開こうとしましたが、上空に見える光の輪っかと空気の渦は次第に大きくなって、ファイルも風に捲られてうまく説明ができませんでした。

すると、端っこ駅はカタカタと揺れ始め、スカーレットもレットも食事どころではなくなってしまいました。

紅志乃も皆と同じ様にテーブルの下に潜り込んで、曇った眼鏡をふきながら言いました。


『はじまりの世界。ビュッシュドノエル。チョコラータ。時間空世界。閉塞空間。闘いの継承とあります。それ以上わかりません』


レットが口を挟みました。


『今から向かう世界だよ』


スカーレットはますます興味を募らせて、テーブルクロスを捲って上空を見上げました。

輪っかだと思っていた光は列車のライトでした。

その古めかしい先頭車両が傾きながらまっすぐこちらに向かっています。

続く連結車両も、蛇みたいにぐにゃぐにゃしながら軋んだ音を立てていました。

空間の歪みでかわいいお菓子たちは空中に引き寄せられています。

マカロンはぴょこぴょこ飛び跳ね、レインボーゼリーや亀ゼリーは身をくねらせながら、パンナコッタやプディング、ティラミスたちを招いているように見えました。

大福餅とおはぎときんつばは、どっしりとテーブル中央に鎮座しています。

きっとあんこの重さのお陰なのでしょう。

紅志乃はスカーレットの横から顔を出して法王に叫びました。


『法王様!魔術を!』


『なに、必要ないでしょーよー。それに太っちまってよお。からだがうんまく動かねえからぁ』


『は!?』


『は?』


『は!?』


『は?』


雇い主と秘書の複雑怪奇な関係を眺めていたレットがたしなめます。


『大丈夫!彼らを信じましょう!嘆きの世界と末裔の世界の彼らを!』


DD51の運転席では、恋万里が必死になって制動把手を握りしめていました。

右に力いっぱい押し上げては把手を緩め、また押し上げては緩めます。

そうすることで列車のスピードは落ちてはいるのですが、ここは異世界中の異世界。魔法使いの世界の3国が管轄する空間なのです。

その為に運転には特別な能力が必要とされるのですが、肝心かなめのコムソはまだ鼻提灯玉を飛ばしています。

恋万里は叫びました。


『起きろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


それでも鼻提灯玉はふわふわ飛んでいました。

DD51は45度に傾いたままで端っこ駅のホーム目がけて突っ込んで行きます。コムソが足場としているタラップが真上を向いています。

迫るプラットホームと舞い上がるマカロン。

恋万里は何度も叫びました。

このままでは永久傾斜限界値を越えてしまう恐れがあるからです。

銀河鉄道の世界では、列車の傾斜角度が50度をオーバーすると物体は急回転を始め、永久世界へと消失してしまうのです。

傾斜を止めるには運転士ではなく、車掌の力がどうしても必要なのでした。

コムソの鼻提灯玉とパンナコッタが運転席の窓にぶつかって破裂していきます。

こうなっては『きたねえ』なんて言ってられません。

恋万里は雄叫びをあげながらワイパーのボタンを押しました。

DD51の傾斜角度は47度に迫ろうとしています。

前方に黒玉が見えました。

全てを吸い込む永久世界の入口です。

ワイパーが動き始めます。

ぐちゃぐちゃになった鼻提灯玉とパンナコッタやティラミス、そしてとうとう大福餅までもが無残な最期を迎えます。

恋万里は叫びます。


『きたねええええええええええええええええええええ!』


真っ赤なマカロンが窓目がけて飛んできました。

50度に到達間近の傾斜角度と踏ん張る恋万里の身体と車体の亀裂音。

不気味に開き始める黒玉。

端っこ駅の線路が目視でも確認できました。

その時です。

ワイパーに弾き飛ばされた真っ赤なマカロンがコムソの編み笠に命中したのです。

ハッと我に返ったコムソは、錆まみれの脇差を天に突き上げた後に素早く水平に掲げました。

するとDD51は体勢を整え始めたのです。

黒玉も消滅して車輪が線路へ着走をしていきます。

コムサはふふふと笑いました。

恋万里は制動把手を思いっきり押し上げました。

急ブレーキがかかり、コムサはコロンと駅のホームに投げ出されて尻餅をついています。

恋万里は運転席から絶叫しました。


『たまが当たったくらいで起きるんならささっと起きろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおっ!!!!!!!!』


それを見ていた紅志乃は、頬を赤らめて呟きました。


『恋万里様・・・』


テーブルにはきんつばだけが乗っかっていて、スカーレットもレットもお菓子爆弾の被害を免れました。テーブルクロス1枚が運命を変えたのです。

きんちゃく袋の中で眠るひねもすとタマオちゃんは何にも知りません。

法王はにんまりと笑って、銀河鉄道異世線・通称最強線を迎入れたのでした。

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