第3話 銀河鉄道異世線

禁断の谷に住む法王は、サイドビジネスもやっています。

本来の仕事は、魔法使いの国々の法と秩序を守るために切磋琢磨しているのですが、法王という名誉職は100年周期の持ちまわりなのです。

キャラメラ国の後はピョコラ国。次はパピョコ国と、ひとつの場所に権力が集中しないようにと考えられました。

それでも沢山の笹の葉を賄賂に悪だくみを持ちかける輩はいるものです。

そんな時は。


『えいや』


と、巨大なパンダの姿をした法王によって、悪者たちは地獄世界へと突き落とされるのでした。

法王は『魔術』を使うのであって、決して『魔法』を使っているのではありません。

これはキャラメラ国の憲法9条の第2章にもちゃんと明記されています。


いかなる魔法もこれを保持しないと。


禁断の谷は夜の世界にあります。

高い高い山に空いた穴を通り抜けると広大なお花畑があります。

空には白くまばゆいお月様。

そのまわりに黄色や赤色の星たちが輝いていて、それらはクッキリとほうきを型どるように光り続けています。

お花畑の真ん中を一直線に突っ切る線路は単線です。

もしゃもしゃと笹の葉を頬張る法王の前には島式のプラットフォームがあって、乗客はいませんがここが駅なのだということは判ります。

お花畑の花たちはダンシングフラワーです。

列車が到着すると一斉に踊り始めるのでした。

みんなはこの場所を、キャラメラ端っこ駅と呼んでいます。

異世界へ通じる列車が発着するのです。

銀河鉄道異世線は、ずっと昔からあるので誰がいつ作ったかは謎にままでした。

快速特急はスーパーストロングライン。

最もとっても強いのです。

『最強線』

は、銀河鉄道の誇りでもありました。


法王は丸い尻尾をぷるぷるさせながら、客人を待っていました。

レットとスカーレットです。

久しぶりの来客にお菓子もたくさん用意してあります。

列車が来るまでの待ち時間を、愉快な話で過ごそうと胸をときめかせていました。

そうです。

法王の別の顔は、端っこ駅の駅長さんなのでした。




ひねもすとタマオちゃんは、ピタリとからだをくっつけながら、大きく左へ傾いたり右に転がったりしていました。

王室御用達のきんちゃく袋の中はそれほど広くはないので、身を寄せ合っている方が気持ちがよくて安心できたのです。

スカーレットに冒険心が芽生えると、彼女は必ずお供を連れて行くのでした。

それは幼いころからちっともかわっていません。

ひねもすとタマオちゃんは過去にもスカーレットに仕えたので、このきんちゃく袋にはお互いのいい匂いがしみ込んでいました。

月明りと声が、キュッと結ばれたきんちゃく袋の網目から入り込んできます。

スカーレットの浮かれた声と、レットの落ち着いた声は子守歌のようです。

ひねもすもタマオちゃんは、今にもまぶたが上がってしまいそうでした。朝から一生懸命に働いていたのと、ハネムーンが眠気を増大させたのです。

お供としてこれではいけないと思ったひねもすは、あらん限りの力で目をギンギンにしながらタマオちゃんに言いました。


『もし生まれ変わったらなんになりたい?ぼくは時々思うんだけど、スカーレットみたいになりたいな。あ。でもぼくは男の子になってみたいんだ。かけっこや木登りだってしてみたいもん』


『あたしもぉ~。だけど女の子のまんまがいいなあ。だってひねもすぅ。女の子は大事にしてもらえるよ。レット様だってスカーレットに親切だし、パパさんママさんもスカーレットにはとてもやさしいんだもん。あたしねあたしね』


元気になったタマオちゃんの声が大きくなったので、ひねもすは片羽根をひょいとくちばし元まであげで。


『しぃ~!』


とたしなめました。

タマオちゃんはえへへと笑った後で、ちいさな声で言いました。


『女の子になったらツインテールにしてみたいな。リボンはあめ玉で、んでねんでね。かっこかわいいやつ~』


ツンと小首をかしげたタマオちゃんを見て、ひねもすはまたもや毛づくろいをしてあげました。タマオちゃんは笑いながら言いました。


『くすぐったいよぉ~ひねもすぅ~』


その声を聞きながら、ひねもすはうつらうつらしてしまいました。

タマオちゃんもつられてすやすやと寝息をたてはじめました。

お互いにお饅頭みたいにまん丸になっている時がいちばんの幸せなのです。

ずっとこのまんまでもいいかなと、ひねもすは夢心地の中で思いました。




スカーレットとレットは、大きな山の絶壁に作られた白銀の扉の前に立っていました。

背丈の倍以上はある扉には、ほうきに乗って空を飛ぶ兵隊さんや書物や炎が描かれていて、スカーレットはそれらを指でなぞりながら。


『すごいわ。ほうきにみんな乗ってるのね』


と、感嘆の声をあげました。

レットはふふと笑うと、壁に取り付けらたラッパみたいな吹き出し口に向かって叫びました。


『法王様!私です!スカーレット・インブルーリアと共に参りました』


すると、ガラガラと大きな音を立てながら白銀の扉は斜め上下に開き始めて、咲き誇るダンシングフラワーの先に、幻想的に浮かぶ駅舎と白黒の丘が見えました。

空には星くずがお菓子みたいにゆらゆら揺れて、お月さまもご機嫌麗しく瞬いています。

駅へと向かう一本道の灯篭の明かりは、レットとスカーレットを美しく照らしながら、久しぶりの来客を待ちわびていたようです。

ふたりが足を進める毎に、ふわっとふくらんでは元の凛とした格好に戻っていきました。

スカーレットはレットに寄り添いながら歩いています。好奇心旺盛なお姫様も、はじめての場所はこわいのです。

けど弱虫には思われたくはなかったので、たくさんおしゃべりをしました。

レットの腕は逞しくて、見上げる横顔も素敵でした。


『ほら見て!お空にほうきが輝いてるわ。昔はみんなあれに乗って勇敢に闘ったのね』


『だけど沢山の絶望を生んだ』


『それでも闘い抜いた事実があるわ。結果よりも中身を私は選択したいの・・・おかしいかしら?』


『いや。それでいい』


ダンスパーティーを抜け出したまんまの格好のふたりを、月明かりが包み込んでいきました。

スカーレットの腰に結わえられたきんちゃく袋の中では、ひねもすとタマオちゃんがスヤスヤと寝息をたてていたのでした。

天空のほうき座の中央で光る輪っかが、端っこ駅に向かって進んでいます。

到着までしばらくかかりそうですー。





『前方確認よし!異常なし!』


銀河鉄道異世線・別名最強線の列車は、人間界に存在する旧日本国有鉄道が保有していたDD51型ディーゼル機関車にそっくりです。

凸凹とした朱色の車体中央の運転台と黒い屋根。

前方機関部に設けられた白いタラップと、申し訳なさげなトホホ顔のライトとグレイのライン。

そんな愛嬌のある列車に乗務できる喜びを、車掌のコムソ・デ・主水はひた隠しにしていました。

というのも、頭からすっぽりと被った編み笠のお陰で表情を伺うことが出来なかったのです。

それに着ている袴はボロボロで、脇差しは錆まみれ。

はぐれ者と呼ばれた過去も、コムソを内向きにさせた要因でもありました。

しかし、胸元に突き刺さる金の短刀だけは唯一ピカピカに輝いています。

何故そうなったのかは本人もわからないし、知りたくもないようです。

ステキな今だけがコムソの楽しみでもありました。

タラップに立ちながら星たちの間をすり抜けるのは格別です。

風もない静寂の中を、DD51の唸りだけが轟きます。

乗客が居ない時間に許された車掌の醍醐味に、コムソはふふふと編み笠の中で笑っているのでした。


そんな彼を、運転席から眺める恋万里はとても美しい容姿をしていました。

黒い着物に描かれた色鮮やかなコマとゆがんだ柱時計。桜文鳥の咥えたキセルと同じものを、恋万里も咥えてはいますが煙は出ていませんでした。

赤い腰帯は薄手でシルクのようです。

ブロンズ色の髪と真っ黒な瞳は前方の上下星ー信号星と呼ばれる明かりを捉えています。

上下青色はすすめ。

上が黄色で下が青色は注意しなさい。

両方黄色ならもっと注意しなさい。

上が赤色で下が黄色だとゆっくりすすみなさい。

両方赤色なら止まれ等々、信号星の区間を安全に通過するのが運転士の務めでもありました。

恋万里は進行方向に見える信号星が全て青色を確認すると再び声を発しました。


『進入角度よし!異常なし!』


はだけた胸元に突き刺さったまんまの銀の短刀の鈴が、ちりんちりんと音を奏でています。

恋万里も、その理由を知らないまま時を過ごしていたのでした。

恋万里はとても内気で、コミュニケーションといった異世界社会でも必要な作業が苦手でした。

言いたいことを上手く伝えるのが出来なかったのです。

口を開く前に、頭の中でいろいろと考えすぎてしまうのです。

こんなことを言ったら嫌われるんじゃないかとか、相手を傷つけてしまったらどうしよう・・・等々思いながら長い時間を過ごしていると、いつの頃からか恋万里は疑り深くて誰とも喋らない性格になってしまいました。

それを変えたのが家業であった銀河鉄道の運転士でした。

先祖代々受け継がれる匠の技をすんなりと習得して、今ではプロフェッショナルです。

注意深い性格も幸いして、信号無視の多発する他線の運転士たち(銀河鉄道線ではよくあること)とは違って、無事故無違反で表彰状も受け取りました。


恋万里は密かにDD51みたいなボーイフレンドが欲しいと思うようになりました。鋼のボディーに触れると頬が火照ってしまうのも、乙女の秘め事としてそっと胸の内にしまい込んでいたのでした。

そんな時に出会ったのが、車掌を家業として受け継いだコムソです。

奇々怪々な格好に驚きましたが、ふふふとしか笑わない声を聞いて恋万里はとっても安心したのです。


コムソはよけいなことはしないし、私もしない。


と直感できたからで、それ以来最高のコンビとしてDD51に乗務していました。




運転台はシンプルです。

基本運転以外は全ては目視と感覚です。

左側のポット台には制御器と呼ばれる4段階の加速レバーが付いていて、カチカチと右に回すたびに列車は加速します。

その横には逆転把手というレバーがあります。

列車を前進・後進させるための圧力装置と連動しています。

恋万里はどちらかというと、持ち運べる自分専用の制御器レバーが好きでした。冷たい感触をなでなでしながら、枕元に置いて眠ると安心できたのです。

右側の制動把手はブレーキです。

右に捻るとブレーキがかかって、左に捻るとブレーキは緩みます。中間位置は一定の印ですが、優柔不断な制動把手を恋万里は嫌いでした。

昔の自分を思い出してしまうからです。


いつかやってみたいことを胸に、恋万里はキセルを咥えながら制御器に手をかけます。星たちの間をすり抜けていくと、目の前にほうき星の群れが色鮮やかに輝いていました。


『ブレーキなしで行きたいな・・・』


それは恋万里の膨れ上がった願望でした。




端っこ駅は赤レンガ造りの駅舎ですが構造は簡単です。

改札ゲートを進むと線路があって、乗客たちはそこを跨いで島式のホームへと向かいます。

3段しかない階段をレットが先に上って、枕木に立っているスカーレットに手を差し伸べると、彼女の緊張した声が返ってきました。


『光栄ですわ。レット様』


スカーレットはホームに上がるや否や、わざとよろけてレットの逞しい胸の中に顔をしずめたい衝動にかられもしましたが、そんな心配は無用でした。

なぜかというと、少々高いヒールのせいで本当にひっくり返りそうになったからです。

スカーレットの身体を支えようとしたレットも、とっさの出来事に体勢を崩してしまいました。

そうして2人は抱き合ったまま、ホームにすってんころりんと倒れてしまいました。

背中を打ったレットは苦悶の表情を浮かべましたが、すぐに笑顔になりました。


『歳のせいかな?それとも君のせいかな?』


スカーレットは申し訳ないと思いながら、レットのきれいな瞳を見つめて言いました。


『ごめんなさい』


レットはスカーレットの身体を引き寄せると、くるっと向きを変えて彼女に覆いかぶさって囁きました。


『私のせいかな。泣き虫姫にはご褒美を差し上げましょう』


なんとも美しく、低温の響きのある声でした。

スカーレットは目を閉じました。するとまぶたに指先が触れたかと思うと、滲んだ涙をレットはそっと拭ってくれたのです。


『さあ!目を開けて!!』


レットの大きな声が聞こえました。

驚いたスカーレットがまぶたを開けると、さっきまで覆いかぶさっていたレットの姿はなくて、代わりに夜空のキャンパスが果てしなく広がっていました。

漆黒のキャンパスに散りばめられたあめ玉みたいな星々とお月さまです。

コーラルレットの星団の中にひときわ大きく輝くベビーピンクの星。

ほうき星たちも様々な輝きを放っています。

マンダリオンオレンジ、ブロンド、ミモザ色の光は柄の部分を描いて、放射状に広がる毛並みはオパール、ペパーミント、ターコイズブルー、シアン、サファイア色が入り混じってとてもきれいです。


『わあ・・・』


声を漏らしたスカーレットの隣で寝そべるレットの指先が、お月さまの隣で輝く明るい星を指さしています。


『あの星の色を知っているかな?』


『星の色?星の名前ではなくて?』


『そう、星の色』


『・・・わからないわ』


『スカーレット』


『私の事だわ…」


『そうとも、君の事さ』


2人は笑いました。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る