第32話 Once in a very blue moon
15回目の夏。
花火会場が近づくにつれて、どんどん人が多くなり、私は哲司先輩にくっついてはぐれない様にして進んだ。
哲司先輩は一歩後ろの私に気がつくと、手を差し伸べてくれてまた手を繋いだ。
ごつごつとした指と私の指が交互になって、まるで鍵をしているみたいに離さないでくれた。
見物場所はどこもいっぱいだったが、フェンスを少し超えたブロック張りの部分に人が少ないスペースを見つけたので、私たちは転ばない様に気をつけてフェンスを乗り越えた。
6人座るスペースはなくて、離れてしまうが2人ずつなら座れそうだったので、私は未怜の横に座ろうとしたが結局みんなにからかわれながら哲司先輩の隣に座ることとなった。
河原沿いの湿気は陽炎となって向こう岸を歪めている。
左腕の時計は6時50分を指し、空も少しずつ暗くなってきた。
嫌が応にも高まる期待感の中、私は隣を人が通ろうとしたので少しズレようとしていると、哲司先輩が私の肩に手を回して急に左側に引き寄せられた。
そのまま私は頭を哲司先輩の方に委ねながら花火の始まりを待った。
大勢の観客の歓声とともに花火はまだ少し明るい空に浮かび上がって、黄昏時の相模川を明るく照らし、吸い込まれる様に空に消えた。
お腹に響く低音とともに、次々と花火は打ち上げられていく。
鏡の様に川面に反射する光は水の流れで揺らめいていて、キラキラと光る光の粒子が私たちの目に次々と飛び込んできた。
いつの間にか黄昏時は終わり、花火の背景は夜空となって、そこにより一層優雅な花が咲いた。
赤、青、緑、黄色と様々に、大きさも形も変えながら夜を彩るその花はしばらくの間私に瞬きを忘れさせた。
するといきなり顎の下に何かが触れた。
「結奈、口開いてる」
そう言って、笑いながら哲司先輩が私の口を閉じた。
その瞳は花火を反射して、より一層輝いて綺麗に見える。
私はもう花火よりも、哲司先輩から目が離せずに、金縛りにあったみたいにその瞳に吸い込まれてしまいそうだった。
哲司先輩は、花火が上がるたびに明るく照らされながら、やがてあの時みたいに優しく目を瞑った。
絶え間なく続く花火は夏の夜空を明るくして、下腹に響く花火の発射音や、万雷の大きな雨粒の様なパラパラという音が響く中で私たちは2回目のキスをした。
1回目のキスよりも長いそのキスは、あの時と違って哲司先輩の唇の熱で私の唇が溶けてしまいそうだった。
そのまま3回目、4回目と唇を重ねた時に、今までで一番大きな花火が打ち上げられて、私たちはようやく空に目を向けた。
私の心臓はもう限界で、今にも急に止まってしまうのではないかと思うくらいだった。
「甘い。かき氷?」
哲司先輩は笑いながらそう呟く。
いつものいたずら好きな少年の笑顔だった。
「いちご味。先輩だって食べたでしょ」
「そうだな。甘かった?」
私は顔が赤くなるのを感じて、先輩の胸に顔を埋めて見えない様にした。
そのまま横目で花火を眺めていると、まるでこの瞬間が魔法のように感じられて、このまま時間が止まればいいのにと本気で願ったりもした。
「花火にはさ、星が詰まってるんだって」
「え?星ですか?」
私はそのままの姿勢で聞き返す。
「そう、花火に入ってる火薬のことを星っていうんだって。なんかいいよな」
「うん、…何だかロマンチックですね」
「旧暦だとそろそろ七夕だし、星が沢山散りばめられて天の川になるといいのに。7月7日は雨だったから」
私は哲司先輩もロマンチックですねと茶化そうと思ったが、明莉先生の話を思い出してお母さんと会えない寂しさを感じているのかなと思った。
織姫と彦星はまた会うことができても、哲司先輩はお母さんにもう会うことはできないのだと思うと胸が締め付けられる様で、
「そうですね。きっとなりますよ。キラキラ輝く天の川に」
哲司先輩の浴衣の襟を握りしめながらそう答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます