第8話 百合同棲しようと言われた
<これまでのお話>
入学早々、柔子(やわこ)はロリ美少女の芽出(めで)に一目ぼれ。
だが彼女はメデューサの末裔だった。
そんな芽出はメデューサをむっちゃ憎む生徒会長アテナに目をつけられていた。
実は牛丼愛好家だった会長の手により芽出は危機に陥る。
そこで柔子が百合パワーを爆発、芽出の救出に成功。
牛丼特盛を五杯も食べる会長を尻目に、ふたりは手を繋いで愛の逃避行。
それから数日後の芽出と柔子、ふたりはただれた百合生活を送っているのかいないのか。
続きは↓
時に忘れられたかのよう静かな空間。
窓の日差しに揺蕩う埃、耳には芽出ちゃんの微かな寝息。
手を取り駆け出したあの日を思い出すわ。
あたしと芽出ちゃんの新しい生活はここから始まるのね。
背後からカララっという戸の引く音がした。
鼻をかんだティッシュや紙くずだろう、それらを捨てる音が響く。
「はぁ……」
机の上で寝ている芽出ちゃんを起こさないよう立ち上がり、ガランとした教室を歩く。
そして後ろの戸から投げ捨てられたゴミを箒でかき集めた。
あたしは芽出ちゃんと手を取り愛の逃避行へと駆け出した――が、それは1分で終了。
何故なら駆け出した廊下の先は行き止まりだったから。
『おほっ、おほほほ! 女神のわたくしから逃げられると思ってましたの? そう思ってたのでしたらおへそでティーがグツグツですわ。それにしても日頃柔子さん、あなたには失望させられました。わたくしの甘美な魔法を勝手に解くなんて……。つきましてはそこの薄汚い破廉恥女と一緒に送り込んであげますわ。わざわざ新設した特別教室、通称学園カースト最下層教室へ! おほっ、おほほほほほ――ほげっ! げふっ! げふふ! げぶぶ! うえぁ、げほっげほぉ!』
あたしを操った憎らしい会長の言葉を思い出すと今も怒髪天よ!
あー! 憎らしい憎らしい!
歯噛みしながら集めたゴミをせっせと袋へ詰め込んだ。
「くぴ~、くぴ~……ふがっ」
背後から響いてくる芽出ちゃんの寝息。
怒りが嘘みたいに静まっちゃう。
芽出ちゃんの寝息を世界中に流したら争いなんかあっという間に消えちゃうんじゃないかしら。
でもダメダメ、この寝息はあたしだけのもの!
ゴミ袋を隅に置いて振り返る。
あたしと芽出ちゃんだけの教室。
教室といっても校舎裏に建てられたプレハブ小屋。
小屋の中には机が二つあるだけ。
先生は来ない、なのでひたすら自習。
そして会長の差し金であろう、他のクラスの連中がここへゴミを捨てにくる。
当然それをゴミ捨て場へ運ぶのはあたしと芽出ちゃん。
昼飯はここで弁当、何故ならあたしと芽出ちゃんは学食を出入り禁止にされているから。
牛丼特盛を毎日五杯食べるという会長が下した神罰がこれだった。
卒業まで学園生活をここで送るのね。
芽出ちゃんと二人きりな夢の教室だけど、冷静に考えれば自習だけでテストを受けなきゃならないんだよね。
下手すると留年の可能性もあるし……。
「ふぁ~あ」≪グッモ~ニ~ン♪ エヴリバディ~♪≫
スネーク合唱団の歌声と共に芽出ちゃんが体を起こした。
「よく寝ました~……あれ? まだ10時前ですか~」
「ねえ芽出ちゃん、そんな寝てばかりじゃ留年しちゃうよ」
寝起きなので半開きの目が更に細くなって糸目になっている。
そんな芽出ちゃんも可愛い!
「わたしはゴルゴンの首を奪う為にここへ入学したんです~、それが出来たら留年も関係なくここからさよならですよ~」
「え!? そんなぁ! あたしを置いて出ていっちゃうの?」
それに芽出ちゃんの目が大きくなり、ほっぺが赤くなった。
「そ、その時は……その、柔子ちゃんも一緒に来てほしい、って思ってます~」
え? これって同棲のお誘い、つまりプロポーズ!?
「ね、ねえ芽出ちゃんそう言ってくれるのは嬉しいんだけど、この歳だとバイトくらいしか出来ないし、一緒に生活するにはお金が……」
ああ! せっかくのお誘いに水を差す現実を言ってしまったぁ!
「メデューサの末裔というだけでいつも嫌な目に遭ってるわたしですけど~、ひとつだけ有難い点があるんです~」
「え?」
芽出ちゃんが半開きの目でにっこり笑った。
「ここ、蠅が多いですよね~」
「あー、ブン投げてくるゴミの中に食べ残し混じってるもんね。蠅も寄ってくるよぉ」
それに芽出ちゃんが人差し指を立てた。
「いっしっし~、その蠅がお宝に変わるんですよ~」
「お宝?」
芽出ちゃんが教室の後ろに行くと、隅に置いてある三十センチ四方のダンボール箱を手に戻って来た。
「何それ?」
「蠅ですよ~」
芽出ちゃんがダンボール箱を小さく揺らすと、ビビビビッ! っという沢山の羽音が箱から響いてきた。
「うわっ、きったな! 何でそんなことしてるのぉ!」
「中に唐揚げの欠片を入れて作った蠅トラップです~。いっしっし~、見ててください柔子ちゃ~ん」
ダンボール箱に向けた芽出ちゃんの目が大きくなり瞳が赤く光った。
「え? 芽出ちゃん?」
赤い石化ビームが箱に命中すると羽音がピタリと止んだ。
半開きの目に戻った芽出ちゃんが箱を揺らす。
羽音の代わりにバラバラと豆でも入ってるような音が鳴った。
テープを剥がし、箱を開けた芽出ちゃんが中を覗き込んだので、あたしもそれに続いた。
中には透明感のある水色の石となった蠅が何十と転がっていた。
「あれ、これ石じゃないよね?」
「蠅をトパーズにしたんですよ~。買取店に持っていけばひとつ五千円位になるんです~」
「マジですか! っていうか芽出ちゃん、石化だけじゃなく宝石化も出来るの?」
「いっしっし~、わたしがお金に困らない理由がこれですよ~」
「すっごいよ芽出ちゃん! もっと蠅捕まえて宝石化しようよ!」
「柔子ちゃ~ん、宝石化するのはかなり疲労度が高いんですよ~」
「そ、そうなの? ごめん」
芽出ちゃんがそっと箱を傾け、宝石化した蠅を床に落とした。
「柔子ちゃ~ん、これを整えるのを手伝ってください~」
そう言って自分の机に行った芽出ちゃんがハンマーと彫刻刀をそれぞれ二本ずつ手にして戻って来た。
「整える?」
手渡された彫刻刀とハンマーを交互に見ながら芽出ちゃんへ尋ねた。
「蠅の形じゃ見栄えが悪いですから~」
そう言って宝石蠅を床に置き、彫刻刀を当てた。
「こういう風にですね~……チャチャっと~」
ハンマーで彫刻刀の尻を叩き、宝石蝿の足や首を次々と切り落とした。
ほ、宝石って硬いイメージあるが簡単にこんなこと出来るの?
よーし、まずはこの足から切り落としてみよっと!
ほいっと! あれ? もういっちょ!……やっぱダメだ! 全然歯が立たない!
「柔子ちゃ~ん、これにはコツがあるんですよ~」
「そうなの?」
「よ~く見てください~、宝石に線が入ってますよね~?」
「えっ、どこどこ?」
宝石蝿を目線に持ち上げじっと見る。
「あー、確かに縦線が見える」
「それが劈開(へきかい)っていうんです~。裂き易いよう縦に繊維質の入っているチーズありますよね~、それと同じ理屈なんです~。その線に刃を入れてみてください~」
宝石蝿を床に置き、線に沿って垂直に入るよう刃を当てる。
そしてハンマーで彫刻刀の尻を二、三度叩いた。
「あっ! 割れたぁ!」
「その調子です~、残りも一緒にやりましょうね~」
「うん!」
こうしてあたしと芽出ちゃんはせっせと宝石蠅の手足を落としていった。
えっへっへ、宝石売って芽出ちゃんと同棲生活もいいな。
内心にやけながら楽し気に鼻歌を奏でる芽出ちゃんを見る。
その芽出ちゃんがまさかあんな方法で生徒会に逆襲しようと考えているなんて、この時はまったくわからなかった。
つづく
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