第4話 最愛は返して貰う(2)
エマ・ロベール伯爵令嬢は、元々隣国の貴族の娘だった。家族で旅行中に事故で両親が他界し、父親の友人であった今の義父に引き取られ、クレールと同じ歳だったことから双子とされた。だから、全くと言って良いほど二人は似ていない。引きとった当初エマが不憫で、少し甘やかしてしまった結果、この性格に収まってしまったらしいが、多分それだけではなく、元々の性質だろう。
誰にでもそうなのか、多分に媚を含んだ目つきで擦り寄ってくる。うんざりして、体を離し、拒む。彼女は、似合わない微笑みを貼りつけて、「マリユス様は恥ずかしがり屋なのですね。」と笑う。「私のことは、ベルナール公爵令息と。貴方に名前を呼んで貰うと、あの方が機嫌を悪くしますので。」
「あの方?って誰ですか?」
「貴方に恋してる方ですよ。ヒントを一つ差し上げましょう。もう少ししたら、ここで私に声をかけてくる男です。貴方に紹介してほしくて、しっぽを振ってきますよ。」
私を目掛けて、ガブリエルが向かってくるのが見えてきた。私を見かけると、さほど遠くなくても、大声で声をかけてくるのだ。逃げようがない。あとはガブリエルにこの女を押し付ければ良い。ガブリエルは顔だけなら、美しい。
案の定、エマ嬢は食いついた。ガブリエルは学園内で女性に話しかけられると、慣れないせいか顔が真っ赤になってしまう。ならない相手はシャルロットだけだ。だからこそ、婚約者に選ばれたのだが。その真っ赤な顔を誤解したようで、その日からエマ嬢は、ケヴィンや、私に擦り寄ってくることは忘れて、ガブリエルに的を絞ったようだった。
あまりにも簡単すぎる。拍子抜けだ。
ただ、ケヴィンはその後楽しそうにしているし、エマがシャルロットに危害を加えないように監視をしてもらうことを頼んだら、見返りとしてOKしてくれた。これで二人の間の貸し借りは無しだ。
エマは子供らしく無邪気にガブリエルにまとわりついた。特に嫌な気はしないようだった。だが、不貞と言えるほどの仲の良さではなく。ひたすらやきもきした。
それでもこれにかけるしか無い。王族との婚約は、真実がどうであれ王族から破棄なり、解消なりを言い出さないことには成立しないのだから。
ガブリエルは何度か、エマ嬢の振る舞いについて、相談してきた。私にではなく、ケヴィンに。双子の姉の婚約者なのだから、詳しいだろう、との考えだ。
ケヴィンは援護射撃に徹したが、ガブリエルの態度が曖昧すぎてうまくいったかどうかわからない、と言っていた。
私としては、エマ嬢だけではなく、別の女性にも仕掛けてもらいたかったが、良識ある貴族女性は、危ない橋を渡らない。エマ嬢のような扱いやすいのは、珍しい。エマ嬢に、クレール嬢のような頭の良さがあればよかったが、それは難しい。何故かと言うと、上手くいったあかつきには、ガブリエルとの婚姻ではなく、不敬罪による投獄がエマ嬢には待ち受けている。ガブリエルがそこまで考えているかはわからないが、多分そうなる。そして、私はエマ嬢を捨てようとしている。その責は、伯爵家に課せないのは、クレール嬢との取り決めによって決まっているため、エマ嬢だけの罪になる。
ガブリエルが、エマ嬢の名を呼べば、エマ嬢がやろうとしているシャルロットを侮辱するための稚拙すぎる計画を、どうにか阻止するために、証拠を集めた。
結果として、必要はなかったのだが。
「シャルロット・ルイーズ公爵令嬢、私ガブリエル・ルグランは、貴殿との婚約を破棄させて貰う。」
学園卒業を祝う席で、高らかに宣言するのは、この国の第二王子、ガブリエルだ。
私はこの日初めて、ガブリエルの存在を愛せると思った。言葉の裏を読んだりせず、人の気持ちなど考えない。甘い言葉に弱く、大切なものを見誤る。第一王子と違う、愚かな方の王子。私の最愛が、もし第一王子に奪われていたのならば、返してもらうことなど不可能であっただろう。
会場中の人が注目する中、公爵令嬢のシャルロット・ルイーズは、驚きはしているものの、取り乱すことなく、澄ました顔をしている。
やはり、美しい。
第二王子の言葉をじっと待つ。その間、少しの時間だろうが、自分には随分長い間に感じる。私が自分可愛さにたきつけた女性は、少しはシャルロットの重荷にはなっていただろう。
ガブリエルが、シャルロット以外の人の名前を呼べば、それでいい。シャルロットは自由を手に入れる。
「私は、アルマ・ルロワ子爵令嬢と新たに婚約をする。」
やったーーー!!!
誰か知らないが、私達のためにありがとう!これで婚約破棄成立だ。私がけしかけたエマは呆然としている。まあ、でも仕方がない。ガブリエルは少女趣味では無いからな。
私はシャルロットに近づいて、跪き、手を差し伸べる。シャルロットの瞳が揺れる。
「婚約破棄、お受けいたします。」
たった一言、シャルロットの凛とした声が会場に響く。ガブリエルは穴が開くほど、こちらを凝視している。視線を背中に受け止めて、宣言する。
「シャルロット・ルイーズ公爵令嬢、私と結婚して下さい。」
最後の方、涙で声が掠れてしまった。ご容赦いただきたい。
シャルロットは私の愛する幼い頃から変わらない笑顔で、「はい。」と受け止めてくれた。
人目も憚らず、抱きしめる。ああ、ようやく最愛は帰ってきたのだ。
「これは、どういうことだ…」
ガブリエルが呆然としている。が、お前が始めたことだろう。シャルロットを抱きしめながら、ガブリエルに向き直る。
「私の最愛を返してくださり、感謝致します。」
ガブリエルの目が暗く光る。自分が始めたことなのに、今更傷つくなんて、随分身勝手な奴だ。
王子は呆然として、その場にとどまっていたが、王子の幼馴染の騎士に連れて行かれた。今からお説教タイムが始まるのだろう。けれど、私は関係ない。シャルロットが私の腕の中にいるのだから。パーティーがお開きになって、馬車に乗り込んだところで、シャルロットに口付ける。久しぶりの口づけに、気分が高揚する。
「やっと、帰ってこられました。マリユス様、愛しています。」
「私も、遅くなってすまない。もう離さないから安心して。」
ルイーズ公爵家に結婚の承諾を貰いに行くまで、シャルロットを堪能する。馬車から降りたシャルロットが、ぐったりしていて、やり過ぎたかと反省したのも束の間、ルイーズ公爵家の使用人に睨まれてしまった。すみません。やり過ぎました。
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