第3話 最愛は返して貰う(1)

「第二王子ガブリエルと、シャルロット・ルイーズ公爵令嬢の婚約をここに宣言する!」


 僕の人生は10歳のあの日に幕を閉じた。


「父様、シャルロットは僕の婚約者になるはずでは?」

 頼みの父に縋るも、頭を垂れて「すまない。」と言うしかない様子に口を噤む。

7歳の時に初めて会って、それからずっと互いに愛を育んできた大切な最愛の人を王子に奪われた瞬間だ。


 他にも候補はいたのに、わざわざ私の最愛を奪ったのには理由がある。ガブリエルは、奥手で人見知りであった。令嬢がたくさんいるところに飛び込んでいく肝っ玉は存在せず、端の方でアリをジーッと眺めたりする子どもで、令嬢として話せたのが、唯一交流のあったシャルロットだった。



 シャルロットとは、それからは頻繁に会うことができなくなった。私は寂しかったが、諦めることは考えなかった。結婚までまだ時間はあるし、ガブリエルに新しく話せる女性が現れるかもしれない。婚約をやめることは稀にあるし、その時にすぐに結婚を申し込めたなら、きっとまだチャンスはあるはずだ、と。シャルロットはガブリエルを好きではないようだし、まだまだ私に出来ることはある。


 友人として、手紙を出すのは許して貰えるだろうか。お茶会などでは、中々話したりも出来ず、ただ耐えるだけの日々だ。笑顔が素敵なシャルロットはいつからか笑顔を封印してしまったし、こちらを見ようともしなくなった。ガブリエルの方へ愛情が移ったのかと思えば、それも違うようだ。私が手紙を書けば、彼女の心をいたずらに、刺激してしまい、それによって苦しめてしまうかもしれない。



 結局、私はそれから手紙を書いてはやめ、それでも何通か出してみたけど、返事が来ることはなく、そのうち手紙のやり取りもしなくなった。


 私は16歳になった。王立の学園に通う歳だ。婚約者の打診はあるにはあったが、シャルロットがちゃんと幸せを手にするまでは、他の誰かと婚約する気にもなれず、婚約者のいないままだった。


 公爵家の嫡男で、病などもなく、性格に難があるわけでもないのに、婚約者を作ろうとしない理由について、まことしやかに囁かれた噂は、信憑性のカケラもないものがほとんどだった。


 学園は16歳から18歳までの貴族が通う。生徒として、在籍している間は貴族の身分などは不敬になるが、全く無視していいものではない。中には間違った認識により失敗する者もいるらしいが。身分によって、教育に偏りができないようにしなくてはならないが、下位貴族と高位貴族にある溝は、埋めるものではなく、認識するものだ。そこをわからないようでは卒業した後に、苦労する。


 王子だとて、同じことだ。下位貴族と仲良くしたからといって下位貴族をのさばらせるのなら、王子としての資質は不適格だと言えるだろう。


 婚約者のいない私には、話したこともない令嬢達が話しかけてくる時がある。シャルロットと同じクラスになったのは良いことなのか悪いことなのか。こういう場面を見られてしまったりして、恥ずかしい。


 気を抜くと、ついシャルロットの姿を目で追ってしまったりする。誰かが見て、私の想いに、思い当たってしまえば、一巻の終わりだ。幸か不幸か、ガブリエルも同じクラスだった。ガブリエル自身はシャルロットと私に思うことはないのか、普通だ。きっと知らないに違いない。知っていたなら優しいガブリエルは、きっと反対してくれただろう。私の生きる意味を奪うなんてことをしない筈だ。


 学園で仲良くなった友人に、侯爵家の嫡男で騎士団長の息子であるケヴィンという男がいる。彼は最近ようやく好きな女性と婚約したばかりの幸せな男だ。今が一番幸せだろうに、なぜか浮かない顔をしている。


「どうしたんだ。ため息なんてついて。今が一番幸せな時だろう?」

「ああ、マリユスか。ちょっと困ったことがあってね。」

そう言って、ケヴィンは話始めた。


「婚約者の義妹に付き纏われているんだ。何故か自信満々でね。クレールと婚約したのは自分を妬かせるためだろう、と近づいてくるんだ。誓っていうが、私は思わせぶりなことなどしていない。ただ、何故かそう信じているようで、しつこいんだ。」

「その義妹の名前は?」

「エマだよ。エマ・ロベール。」

「ケヴィン、その子を紹介してくれないか?」

「なんとかしてくれるのか?」

「ああ、多分何とかなる。何とかするよ。」

「見返りは?」

「うまくいきそうならまたお願いしよう。」

「わかった。」

商談は成立した。


 私はエマ・ロベール伯爵令嬢と会うことになった。ケヴィンの婚約者のクレール嬢は何度か見かけたことがある。大人っぽく、賢い女性で、ケヴィン以外にも狙っていた男は多い。そのクレールと血の繋がりはないにしても、似たような人が来ると思っていたが、それは大きな間違いだった。


 同じ歳だとは決して思えない、幼さに、知らず知らず眉を顰めてしまう。伯爵家の教育に関してはクレール嬢を見て、問題はないことは確実だが、彼女の娼婦のような振る舞いに、ケヴィンのため息の理由がよくわかった。


 これは厳しいかもしれない。少し早まってしまったかも、と言う後悔は、胸に押し留めた。

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