第九十四話『異変』
「入口の、あれ普通の作業員じゃないですね」
黒のスーツ姿、角が生えているようなデザインで真ん中に大きなヤギの目玉のようなものがギョロりと動く白い仮面。
そしてアサルトライフルを所持していることから、普通じゃないことが
「行ってきなよ、見てるから」
「人任せは良くないと思います」
「女児を危険に晒すのはどうかと思います」
「負けました」
道徳に負けた。
いくら世界が荒廃していたとしても、法律があまり意味を成していなかったとしても、この冒涜を良心は許さないらしい。
僕に果たして良心というものがあるのかどうかは、この際置いておいて。世間体は気になるからね。
「しどー兄ちゃんファイト!」
テトさんの熱い応援を後ろに聞きながら、僕はごく自然に2人の門番へと歩いた。
大きな目玉が、僕を凝視する。
「あのう、ちょっと中に入りたいんですけど」
「関係者か?今日は休みだと伝えられているはずだが」
落ち着いた男性の声を聞いて僕も内心落ち着いた、少なくとも会話はできる相手らしい。
本当に、人は見かけによらないとはよく言ったものだ。
「あ、今日休みなんですね」
「そうだ、今日はお引き取り願おう」
おもむろに銃をチラつかせて、向こうも揉め事は避けたいようだった。
向こうも、という表現は少し間違ったかもしれない。何やら小さな気配を左右に感じて、そう思いなおした。
「なにか、中であるんですか」
「知ってどうする」
「別にどうしようって訳じゃないんですけどね」
今度は気配だけじゃなく、はっきりと視界にも捉えた。そこで僕は少し大きめの態度で、素っ気なく警備員のふたり(正式なものかはさておき)に言ってみた。
「まあ、別にいいですよ、自分の目で確かめに行きますから」
警備員のふたりが銃を構えるよりも早く、ヒバリさんとテトさんが後ろから首に飛び掛るようにして押さえ込み、警備員を気絶させた。
その動作はとても手馴れていて、彼女らもまたこちら側の人間なのだと思い知らされる。
「よし、あとはこの人たちの服を奪って、とか思ったけど大きさ合わなそう」
「無理ですね」
服はともかく僕は仮面が気になって、警備員の仮面を外そうと掴んでみた。感触は骨か何かの甲羅に似ていて、陶器の壺などのように重たい。
そして肝心な仮面の目玉は健在で、ギョロりと蠢き何かを訴えるように僕のことをただ見ていた。
「普通に入ればいいにぃ」
テトさんの名案に乗って、警備員は端に引っ張って置いておき僕達はあっさりと建築中の天楼内に侵入した。
中は思ったよりも建物の様になっていて、受付なんかが既に形として完成している。
「獣頭ですね」
「獣頭を雇うなんて、お金もってるね」
獣頭は文字通りの頭だけが獣の人種で、知能が高く身体能力も通常の人間とは比べ物にならない。
姿としては獣人の方が人間に近いのだが、彼らの方が通常の獣人に比べて差別が少ない。
スーツ姿で、例の如くアサルトを所持して広い受付ロビーを見張っている。
「合図したら進んでにぃ」
そう言うと隠れていたカウンター裏から出て、テトさんは堂々と見張りの居るロビーを歩き始めた。
その後ろを少し屈んで僕はついて行く、テトさんが止まると見張りはほとんどこちらを見ているのにも関わらず僕らに気付ない。
そしてまた歩き始める見張りに合わせて、テトさんもまた歩み始める。
「大丈夫だとわかっててもヒヤヒヤしますね」
「ふふ、楽しいにぃ」
「楽しくはないかと」
気付かれない、視界に入っているだろうに、感覚の鋭い獣頭種だ、何かしら気配も感じるだろうに。
テトさんの指示通りに動いていれば、消して気付かれない。
彼女には見えているのだ、生き物の意識の方向が。
「それでなん……」
「し……」
人差し指を立て、僕に黙るようにテトさんが指示する。
言葉を飲み込んで、適当に視界をさまよわせて見ると自然と意識は警備員の方へと寄せ付けられた。
獣頭に混じり外にいた警備員と同じ仮面をした者もいるようだ、獣頭は狼や羊、猿が確認できる。
10人、ロビーフロアは広いがしかし10人でも十分な程の広さ。なぜ耳のいい狼が僕達の声を聴き逃すのか。
「テトたちの話し声は聞こえてるにぃ、けどそれを声として意識してないの、ただの雑音として聞いちゃってる」
「説明ご苦労さまです」
「それで何?」
聞きながらヒバリさんが僕の服の裾をクイッと引っ張った、ちょうど上に行くための階段に着き一段目を上がろうとしていた時だった。
まさかこんなところで転ぶ訳にも行かない、心臓が握りしめられるような感覚に襲われた。
「それで何でここに来たのかはっきり教えてくれませんか、と聞こうとしてました」
「にぃ?ちゃんと言わなかったっけ?」
「ちゃんと、は言ってませんね、僕をわざわざ誘い出して、研究者をおってこんなところに来たと思えばこの重警備、ちゃんと教えてくれませんかね」
少し離れた横を通り過ぎる警備員には誰も目を向けない、ヒバリさんと睨み合うようなかたちになってしまい束の間の沈黙。
僕はヒバリさんの、次の言葉を待っている。こちらから口を開く気は無い。
「はぁ、いいわ、教えてあげる」
テトさんが少し不安そうに目配せをして、ようやく折れたヒバリさんは僕の横腹を軽く小突きながら歩みそう言った。
「
「ない、ですね、たぶん」
多分と答えたのは自分自身の答えに自信が無いからだ。
それを見透かしてヒバリさんは小さく首を横に振った。
「灰魔法
「自立式ということは、自ら動けると」
自立式魔導人形、名前がほとんど全てを表している。魔力で動き自立して行動出来る生物ならざるもの。
そしてなんと僕の親友でありパイプ等の鉄の集合体であるブリキさんはこれに当てはまらない。
自立式魔導人形の見た目は人間と変わらず、その身体には白い血が流れている。
「その通り、考えても見て?導線に火がついたダイナマイトをいっぱいに抱えて何があっても自分の元に向かってくるゾンビよ?それが沢山」
想像するとこの世の終わりみたいな光景が目に浮かぶ、実際この頃の世界は本当に終わりのような状態だったのだろう。
だとすると世界の地形変動は、人類にとって始まりだったのかもしれない。
「……あれ、もしかすると知ってるかもしれませんそれ、たしか昔にどこかで」
「ずっと昔に、世界変動のずっと前にその存在は消されたの、深い深い歴史の闇にね」
僕の言葉尻をかき消すように、そして繋ぐようにヒバリさんはそう呟いた。
その声色はとても静かで、感傷にでも浸っている様子だった。
「なにか良くないことが起きてる、もしかするとそれは、本当に面白いことかも」
お金は良くないことから、よく生まれる。
前にヒバリさん本人から聞いた格言だ。
「つまり?」
「今話したのは過去に消えた特殊兵器のこと、そして私たちが探しているのは研究者、分かるでしょ?」
察しろよ、みたいな雰囲気を醸し出してくる人間はあまり得意じゃない。
しかしながらここまでヒントを出されて、察せないほど僕も鈍感じゃない。
「兵器が再び現代に現れた…?」
そう僕の推測を披露した直後、突然止まったテトさんにぶつかりそうになり、慌てた僕は階段に躓きそうになった。
「ともかく、目指すは上だにぃ」
「待ち伏せされた理由も、ここに逃げてきた理由も、お客さんが知りたいことも、上に行かなきゃあ分かりませんよ」
どうやら僕達は無事に階段まで到着したようだった。
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