第九十三話『刺客』

「追い詰めたよ」

「さあ!観念して!えっと、観念するんだ!局面で言うところの王手だ!」


 狐面の何者かを追いかけて、探偵と助手は路地に入った。この街の路地はよくトラブルを巻き起こす。

 決してこの街の路地が悪い訳では無いのだけれど、些か運が悪いようで。


「今、私を追い込い詰めたと言いましたか」


 狐面の小柄な女性。髪は刈り上げショートで大きなジャケットを纏い。これまた大きな付け袖を揺らしている。


 春と言ってもまだまだ冷え込むのに、肩も出ているし全体的に寒そうな格好だ。


「追い詰められたのはあなた達の方ですよ、グリードオーバー」


 ロングブーツをコンコンっと鳴らしたと同時、建物の屋根から続々と狐面の女性と瓜二つの人物が探偵を囲むようにして降り立った。


「形勢逆転、かな」


 探偵はそう呟く、しかし囲う女性たちの外側を廻るように歩く本体を探偵は決して視界から外そうとはしなかった。

 探偵は知っている、基盤は何度でも覆ると。


「逆転?逆転という言葉の意味あなた知ってますか?」


 女性らの本体が探偵を睨む、そして憐れむように首を振った。


「逆転というのは、不利が有利に、有利が不利に移り変わることを言うのですよ?あなた達は最初から私の策中」


 助手はと言うと、足の前を通り掛かったネズミを踏みつぶし感触を楽しんでいた。

 しかし興味は自身を囲う女性たちにあるようだった。


「私が有利、あなた達は不利、この状況は私を見つけ追い今に至るまで変わっていないのです。依然として」


 女性が手で首を掻き切る仕草をした、間髪入れずに探偵を狙って刃物を突き立てた女性が降り掛かってきた。

 当然の如く避けるが、直ぐに体勢を立て直し切り掛る女性。全く同じ小刀を持った女性が並んでいるためあまり大きな動きはできない。


死霊術師ネクロマンサー?」

「それは、どうかな」


 刺突をいなして、短剣で胴体を切り裂く。

 そして探偵の予想は的中、刃は簡単に女性の身体を通り、女性の身体は泥のように熔けた。


「死体じゃない、実態がないからね、妖術の類だ。それにあの面は不思議、物品オルタナティブの『匿名』のはず」


 探偵は知識に富んでいる。

 そして女性がつけている面の異常性を、探偵は知っていた。


「とくめい?」

「付けた人の正体を認識できなくする面だよ」


 量産型の不思議で、百近くの匿名の面が確保されている事を探偵は知っている。

 考えることは多そうだ、と探偵はくちばしを摩った。


「じゃあ剥がせば誰かわかるってことなんだ!わくわく!」


 最初に動いたのは探偵の助手だった、意気揚々と囲う女性の1人を切り裂く。そこからは数の暴力、女性達は小刀を用いて素早く完璧な連携で探偵達を襲う。


 分身を舞うように次々と切り裂く助手、けれど相当の数の差を一人で捌き切るのは不可能。


「こっちに来い!」


 探偵は当たらぬはずの距離で、しかし助手の背後を襲う女性に向けて、短剣で空を切った。

 すると不思議なことに、吸い寄せられるように女性は探偵の元へ引っ張られた。

 体制も崩れて隙だらけのそいつの頭を探偵は地面にたたきつける。


「それ、それ何ですか、吸い付けるナイフ?」

「僕が作った安っぽくないナイフさ」


 安っぽくない、ともう一度強調するように吐いて。同時に八方向から襲い来る女性たちを例のごとく重力にひれ伏させた。


「もちろんこれも僕が作ったよ」


 重力に捕まった女性たちはそのまま地面に押し潰され、また泥のようになって地面を流れた。


「なるほど、やはり貴方は危険なようです、依頼が今までにも来ていたんですけどね、やはり待っていてよかった。貴方へ賭けられる依頼料は膨れ上がるばかり、まさに金の成る木に巣作りカラス。あれま、思ったよりひねりもなく面白くもない例えになってしまったわ」


 女性はそう言ってから、不安そうに首を掻き撫でた。


「そうかな、僕はいいと思うけ……「私が喋ってる時に遮んじゃねえよ」


 その場の助手を除く全員が、探偵を一斉に睨んだ。

 その光景は不気味で、白黒の世界、目玉が、真っ黒な球体が探偵に向けられている。


「人が話してる時に話を阻害しちゃあダメなことくらい分かりますよね?」


 相変わらず女性達の陣形の外側にいる女性が、瞳を抉り見る様に首を曲げて探偵を睨んだ。

 探偵に取ってそれはどうでもいいことで、その隙を見逃さず女性に向けて短剣を振るった。

 切られた空気は女性を吸い付ける。


「なっ」


 今度は引き寄せられた女性に短剣を入れた、はずだった。しかしあまりに手応えがなく、原因は飛び散る泥のような液体を見て直ぐに察した。


「本体だけが雄弁に語り、分身だけは沈黙を貫く、そう見当違いな勘違いをするのは勝手ですけど」


 探偵たちをの翻弄し完全無欠な連携で絶え間なく駆け回る女性達の中に、ひとり微動だにせず新たに語り始める女性が現れた。

 女性は微動だにせず、首を曲げて探偵の底を、見開いた目で深い深いマスクの下の、瞳の奥の、心の暗がりを突き刺すように睨んで。


「もう少し私に話させてくださいよ!聞き手が居なきゃ演説というものは酷くつまらないですから!」


 カッカと笑って女性は手を叩いた。

 探偵はその女性が本物か紛い物か見極めるため静かに襲い来る分身たち捌きながら。

 心底、面倒くさそうに言った。


「まったく、骨が二、三本折れそうだ」

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