第八十五話『狐』
冬、年越しが間近な時間。
「ええ、えぇ、勿論ですよ、市に流出させるだけだと観測が行き届かないなんてことは勿論承知の上です」
フードを被った女性が、顎に手を当てフードに隠れた狐耳を揺らした。
ギルド会が建設中の摩天楼の上階には、その女性と着物コートを着た男性の2人だけが居る。
そこからの景色は絶景だが、建物が完成していないせいで、強い風が吹けば鉄骨から真っ逆さまに落ちてしまう。
下には昔ながらの街並みを守った街が見える、3時まではキラキラと暖かく灯って綺麗に見えるが、3時を過ぎると全ての灯りが消え闇に包まれる。不思議な街だ。
今は2時だ、光が消える前に話を終わらせないといけない。明かりが消えると、上も下も前も後ろも全てが闇になる。
「なるほど、それを詳しく教えてもらう前に聞きたいことがある」
「なんでしょう、何でもとはいかなくとも、極力協力はさせていただきますね」
「そうか、じゃあ聞こう、オダマキ」
「はいぃ、私べニゴアなのですけどねぇ」
着物コートの男性は木板の上で腕を組んでいる、オダマキと呼ばれた女性は景色がよく見える位置にいるのに対して着物コートの男性は中心に寄っている。
「他の場所なかったのか」
「高いところは嫌いですか?ここは夜には誰もいなくなりますし、いいところだと思ったのですが」
「もう少し、安全なところはなかったのか」
辺りを気にしている男性を見て、オダマキ、ではなくベニゴアはフードを自ら外した。
黄金色のベリーショート、瞳も淡黄色だ。淡黄色の髪は、狐系統の獣人に最も多い黄色系の髪色。
「ここは安全ですよ、隠れる場所はありませんし、万が一のことがあれば突き落とせば済みますし」
ニンマリと笑うベニゴアに、警戒心を男は抱いた。
「おい、お前」
男はすかさず剣に手をかける、そもそも完全に信用していた訳でもなく、常に警戒心を男は抱いていた。
何せ、相手はオダマキと畏怖の念を込めて呼ばれる相手だ。
「まあ、私が高いところが好きだって理由もあるのですよ。高いところって、全てを掌に収めて、全てが自分自身の物になったって、気分になれるのです」
望んだ物は、必ず手に入れてくれる。
彼女に関わる事は、愚かな行為だ。
彼女が協力すると、必ず事は上手く運ばれ、そこに繁栄と大成が約束される。
彼女が協力するのは、彼女自身の利益のため。関わった者は、必ずのその身を滅ぼすことになるだろう。
「任せてください、需要と供給を満たすことが生き甲斐なのです、然るべき者に与え観測してみせましょう」
ベニゴアは鉄骨の上をコツコツと渡り、1歩踏み出せば落ちる所で、大仰に振り返ると。
「全ては貴方のために」
そう言って、お辞儀して見せた。
「それ、誰にでも言ってるんじゃないかな」
着物コートの男は、いぶかしげに声を低くして言った。
「いいえ、まさかまさか!私はただ皆様に幸福になっていただきたいだけなのですよ、信頼してください」
ベニゴアは心にも無いというように、大袈裟な動きで慌てた風に両手をひらひらさせた。
その姿を見て、男は月を仰いだ。
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