第七十三話『小者は弱い、けど小骨は強い』
どうもラクーンです、いきなりで申し訳ないんだけど死にそうです。
レッドホットを取られるわけにゃいかないから、そう易々と出せないというのもあるけど。
そもそもの、決定的な隙がない。
「下からだぜ」
「って言いながら上から来てんじゃねえよっ!!」
ヴァニタスさんとネズミ頭の男、いつの間に仲良くなったんだろう。漫才始めちゃったよ、こんな時に、まったく。
「敵の言うことを信じてるんじゃあ、死ぬぜ」
まったくもって、その通りだ。ただでさえ味方のことも信じられないような業界なのに、敵のことを信じるなんて正気じゃない。
まあ、正気じゃない人たちの、集まりなんだけどもね。
「マリアナ!」
「ん、仕方ないな」
結衣がマリアナさんを呼ぶと、すぐに意図を察したらしい彼女は杖を弧を描くように振るった。
振るわれた杖の軌道には、薄い膜が空気中に貼られ。
「よっ」
それを踏み台に結衣は大きく跳躍し、ネズミ頭の男に短剣片手に切りかかった。
絶えず襲い来る肉塊の柱は、もはや障害にすらなりえなかった。
例えるなら、障害物競走の異常に低いハードルとかかな。あれ、身長低い人を落とすためだけにあるでしょ。
それと、説明補足。
マリアナさんの能力、もしくは特質は。一言で説明するなら。
防壁を作る力、かな。あまり戦闘向きじゃない。
「それで、殺す気かあ?なあ?」
「こっちだ」
と、わざわざ教えて差し上げる後ろからのヴァニタスさん。
リボルバーを構え超至近距離からの発砲を試みるがしかし、銃を奪われ、リボルバーは結衣に牙を向けた。
それでもって、僕の番。
「レッド・ホット・テンポ!!!!」
反動がかなり大きい、一発撃っただけで腕がそのまま上に持って行かれそうになる。
さて、そんなレッドホットは、空を焦がし貫く雷の様な轟音を鳴らし、ネズミ頭の男の左上半身を粉々に砕いた。
まさしく粉砕、ちなみに一発めでこの威力。
「が、ばっぁはがぁァ」
けど、肉塊が、直ぐに欠けた身体を修復し始めた。
ここで撃った方がいいか、次のチャンスを狙うか。選択を誤れば、勝ち筋が完全に途絶えてしまう。
まだ彼には片腕と頭が残っていふるから、レッドホットを取られる可能性を考えてやめておいた方がいいか。
レッドホットを盗られてしまったら、その時は正真正銘の詰みだ。
「やったか?」
「それやれてない時に言うやつやで」
全くもってその通り、というか
ほら、にやにやしてる。皆さん、いい性格をしているようで。
「ぶぐがァげやがって、お前だな、お前が持ってるんだな、それが勝ち筋か、次は無いからなぁ、なあ?」
肉塊が再び身体を構築し、形作られた指が僕の方をさした。
今ので、完全にマークされてしまったみたいだ。
「おえ」
とてもとても正直な反応を見せる結衣が、可愛いななんて思いつつ。それよりも結衣に賛成して目の前の肉塊劇を目の当たりにした僕の反応も、おえーって感じだ。
見慣れたとは言っても、好きになったりするわけじゃない。まだそんな域には達していない、まともな人間なんだ。
「言霊乗せだなぁ、てことたぁ、言霊乗せてなきゃ威力は出ねぇってことだなあ、なあ?」
「いやいや、そんなことないですし、素の力でも充分強いんですから」
言霊を乗せてなくとも、レッド・ホット・テンポは十分に強い。
はい?あぁ、はいはい。もちろん、必要とあらば僕はどんなことでも説明してやりますよ。
僕の知る範囲のことなら、ですけどね。
言霊乗せは、魔法の原理と同じ。
そっちの分野の話を細かくするのは嫌なので簡単に説明すると。
魔法を使う時、言葉が、その言葉に宿る人々のイメージが力になって、魔法の成功率が上がります。
もちろん、言霊を乗せなくとも魔法を扱う使える人はいます。そういう人たちを天才と呼びます。
ここまでは、小学生問題。
そしてここからがこっち側の話なんだけれど、今説明したソレを応用して、僕たちは、僕たちが使う衝動という技の威力を上げたりしています。
しかしながら、技名を言うと相手に内容を把握されてしまう時があります。
炎なんて言葉を使うと、「あ、火が来るのね」なんて悟られて防がれる場合があったりするわけです。
だから、元の威力が高いものは何も言わずに、逆に元の威力が高すぎるモノは、全く違う言葉を使ったりします。意表がつけるというおまけ付き。
生半可な炎なのに水、なんて言葉を使った時には、とんでもなく炎は弱々しくなってしまいます。
どれくらい弱々しくなるかというと、地面に打ち上げられて3時間経った鯖くらい弱々しくなります。
まあ、そういううぁっ!?
「武器取れないんですね、攻撃する瞬間しか取れない、なんて言う制約があるんでしょうか」
「それは、どうかなあ?なあ、おい」
肉塊の柱がネズミ頭の男を囲うようにして、結晶が牙を剥く様に肉塊が部屋に狂い咲いた。
肉が脈打ち、部屋が大きく揺れる。
かなり気持ちが悪い、船酔いした様な感覚に襲われ、自分のものじゃないいくつもの心臓が肺の中で溢れる感覚だ。
まともに立っているのが精一杯。
「とにかくよぉ、お前らを殺す、そしたら他の奴らも殺す、あの女もだ、許さん絶対になぁ」
ネズミ頭が、ネズミの口が牙を見せてグチャァと開いた。
肉柱の上でそれを同じく見ていたヴァニタスさんに視線を送ると、小さく首を振って返された。
被り物だと思っていたのだが、……いや違うか、元々被り物だったものが肉として癒着したのか。
「でもさあ、うち思ったんやけど」
肉柱に、短剣を突き刺して、ネズミ男を見上げ、結衣は言った。
「ここから、出れんの?お前」
……。
「あ」
え?
「あ、ってなんだよ……おいおい、まじか」
「あほやん」
「……ふっ」
「大馬鹿って感じだ」
あちゃーって感じで帽子を深く被り直すヴァニタスさんに、率直感想の結衣、鼻で笑うマリアナさん。
僕のは、ほんのお気持ち表明。
……なんて言うか、発言も態度も全部まとめての感想だけど。
「
やっぱり、小者は、小者以外の何者でもないんだね。
「くらえ!」
後ろに回って、完全に不意をついて。
完璧な一撃を、叩き込める様に見えるけれど。
意外にもこいつ、こっちに気付いていた。もちろん、僕がわざわざ声をかける前から。
「わざわざ言うバカが居たもんだなぁ!よこしやが…んな!?」
「フラググレネードを、ですけども」
爆風に巻き込まれながらも、しっかりと受身をとってグチャっと地面に転がった。
レッドホットほどのダメージは食らっていないみたいだが、やっぱり爆発物は強い。
「やったのか?」
「だから、それやれてないんやって」
そんな、先程聞いたようなやり取りをしている結衣とヴァニタスさん。
何気なくヴァニタスさんを睨むと、結衣は僕に気付いて微笑んでくれた。
俄然やる気が湧いた、実はこのまま停滞して仕事をサボろうとしてたり、してなかったり。まあ、そんな感じだったわけだけど、やる気が湧いた。
ネズミ男は、まだ煙たそうだ。
「結衣!ヴァニタスさん!」
「おっ」
「……っほい」
2人にフラググレネード、そして、1人に、切り札を託して。
互いに合わないよう、違う方向へ散らばった。
「ふなざけっ、んんっがぁっ、げほっがはっ」
肉塊がまた一段と荒ぶっている、あちこちから生えてきては僕たちを串刺しにしようと動き続けていて危ない。
「まだ生きてるなんて、かなりしつこいですね」
「その頭ぶち砕いてやるからなあ!!」
相当頭に血が上っているらしい、もしくは理性が失われてきているのか。
ともかくかなり昂っているらしい、こういうのは熱くなった方の負けなんだよ。
みんなも、気をつけるように。
「くそっ、ダメだ、普通の鉛じゃ歯が立たん」
リボルバーをネズミ男に向けて撃つが、肉塊が弾丸を全て飲み込んだ。
最初にも結衣が試したとおり、ただの鉛は、今は役に立たない。
優先すべきことをするため、ヴァニタスさんが弾を再び込めようとしているのを、遮らせてもらう。
「ヴァニタスさん!」
「…っ、任せろ!」
ヴァニタスさんにフラググレネードを投げ、ヴァニタスさんも代わりにこちらにそれを投げ返す。
定期的にシャッフルしたり、補給したりしないと、場が回らなくなってしまう。
「同じ手が通用すると思うなよなあ、なあ!」
「それはええけど、ちゃんと後ろも見ぃや」
「っ!!!!」
上の方では、結衣がレッドホットを一撃、超至近距離で食らわせたようだ。
身体のほとんどが消し飛んでいるのにも関わらず、肉塊は動き続け、身体の再構築を始めた。
「ラクーン!パス!」
「おー、けぇ!」
一か八かで、レッドホットを賭けるのは、危険すぎる。
そもそも賭け事は好きじゃないんだ、得意じゃないからね。嫌いになる理由なんてそんなものだよ、逆に得意なものは好きだけどね。
「させるかあ!!!!!!…………あ?」
「やっぱり、あほやな」
人を騙すのは得意だ、だから人を騙すことが好きだ。
ちなみに、今のは、ネズミ男が自身に向けられた物でないと奪えない能力だった場合。ピンが抜かれたグレネードが僕の所へ抱擁を求めてやってくる所だったけれど。
まあ、人生は博打だって言うからね。
人の道を生きるのは、やっぱり得意じゃない。
「行くぞ!畳掛けろ!」
「マリアナさん!」
ヴァニタスさんの指示に従うため、僕は影絵なんかで遊んでいるマリアナさんに司令を飛ばす。
狐なんて作って、何してるんだか。そもそもなんで狙われていないのか、防壁を貼っている様子もないのにね。
これは、怪しい匂いがぷんぷんするね。
「一応言っておくと、私は踏み台じゃあないからね」
そう釘をさしながらも、きちんと踏み台として機能してくれるマリアナさん。
見下ろすと、「こん」と片手で作り、僕を見送ってくれていた。
「これで終わりですよ!!」
「……グゥァアアア!!!!」
ネズミ男も、急速に身体を作り上げながら、腕にもなり切れていない肉塊を伸ばす。
ネズミ男が武器を奪えるようになるのが早いか、僕が先に必殺で撃てる位置から引き金を引く方が早いか。一世一代の大博打。
「レッド・ホット・テンポ!!!!」
指が空振り、柔らかい肌に当たる感触。最近ハンドクリームを新しくしたんだけど、なかなかいいね。
「……ぐぁあだ盗っだぁ、げほっ盗ったぞ!!ぐぁは、はははっはっ」
まともに喋れるくらいには再生したネズミ男が、牙を波打たせ目玉をぐるぐる回して、ひしゃげた笑いを上げた。
「終わるのはお前の方だったなあ!ガキィ!!」
「……僕、賭け事得意じゃないんですよ」
ネズミ男が、引き金を引いた。
リボルバーは、カチッと音を鳴らして……いや、鳴らした。それだけ、ただそれだけだった。
さっきヴァニタスさん、弾を込めれなかったからね。
弾切れだ、残念。
それで僕はネズミ男が分かるように、僕がだせる精一杯でムカつくだろうなぁっていう、皮肉な笑みを浮かべてやった。ニチャァって具合に。
ネズミ男は目を見開き、僕じゃなく、その奥にいる誰かを見ている。せっかくの、僕の笑みがもったいない。
そんな不満を漏らそうとしたけど、ヒリヒリと痛む肌が気になって、言葉を出す気にならなかった。
僕の横を、三段階強化された、銃撃が。銃なんてものじゃなく、熱線と表現すべきなそれが。僕の真横の空気を焦がし貫き、もはや醜い肉塊と表現するしかない怪物を、飲み込んだ。
天井に穴は空いたが、悪いやつは消えたわけだ。
これにてっ、めでたしめでたしっ!
「お前気をつけろよ、敵の言うことを信じてると、死ぬぜ?」
灰に成りゆくその欠片に、ヴァニタスさんはそう言い残した。
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