第七十一話『ものを盗むのは悪い事だから、盗む奴は敵』

 どうも、今回もこの僕、ラクーンが語らせていただきます。

 えっと、二階には敵はいたものの驚異にはなりえるものはなかった、もし緊急の事態に陥っても奥の手はある。


 カラス製の最強の回転式拳銃がある、俗に言うリボルバーと言うやつ。

 ちょっと紹介しようかな。

 名称は、『レッド・ホット・テンポ』と付けられていて、装弾数は6発の回転式拳銃。


 バレルには半透明な管が埋め込まれていて銀の銃身とグリップの木目、発砲する事に威力が増していく仕様になっている。

 威力上昇と共に管が赤く燃えるように灯ることから、この名称が付けられたと考察している。


 なかなかお洒落しゃれな上に素の威力も高い良品だけども、使い勝手を悪くしている難点がひとつある。

 その難点というのが、リロードにかなり時間がかかるという点だ。


 装填する時間は通常の回転式拳銃と大差は無いのだが、溜め込んだ熱を放熱するのに一時間程度かかってしまうのだ。

 使い所を見極めないといけない、使い方によってはただのゴミに成り下がってしまうマニアックな武器だ。


 けど今はちゃんと使い所を理解している僕が使用している、だから大丈夫だ。

 その考えのせいで完全に、慢心していた。

 強大な力を持ってしまうと、人は油断してしまう生き物なのだよ。だから仕方ない。


「この部屋やな」

「残念でした、この部屋のひとつ先が目的地ね」

「ピリリ、そういうマウントとらんでええから」


 大きな扉の前で、そんな2人のやりとり。

 2人の距離が、近すぎるんじゃないかと思う。初対面じゃなかったのかな。

 なんていうか、2人のやり取りは仲良しの独特のノリの様なものに見えた。


「うーんとぉ、ミミねぇ、外回りした方がいいと思ぅ」


 天変地異の前触れか、珍しく弱気なことを言うミミさんに驚く同業者一行。

 普段の彼女の横暴さと自由闊達じゆうかったつな性質を知る者からすると、彼女のその発言は異常でしか無かった。

 彼女が異常でなかったことなんて、今までに一度もなかった気はするけれど。


 いや、違う見方をするといつも通りかもしれない。

 急な直感だけで場を掻き乱すのは、正常ないつも通りの彼女の行動だ。

 そうだ、なら問題は無いよね。


「どうして?」

「あれだよね、急がば回れっ、いやいやでも急いでるなら近道するべきだと思うよ僕はね」

「うちもラクーンに賛成で」

「話してる暇もねぇだろ、ほら急ぐぞ」


 決して信用していないわけではなかったんだけれど、急がなきゃならなかったんだ。ごめんね。


 急がば考えるな急げ。

 確かこんなことわざがあったはずだ。無かったとしても、僕はこの言葉が好き。


「うぅん」

「ミミ、大丈夫?気分悪い?」


 ピリリさんがミミさんの背中をさすって顔をのぞきこんでいる。

 それに構わず、扉を開け僕達だけで部屋の中に立ち入った。

 広い、そして壁の装飾もかなり手が込んでいて今までの部屋のどこの装飾よりも豪勢だ。

 壁の装飾ときたら、その次は天井を見たくなるわけだ。

 自然と視線は上へゆく。


「さあいらっしゃい、簡単なことわざも知らねえボケ共」


 男の低い声と共に、扉が───逃げ道が肉塊によって遮断されてしまった。

 声の主と、目が合った。

 ネズミ頭の人間の上半身が逆さまに張り付いていた、天井には期待した装飾はなく脈打つ肉塊がネズミ頭の人間を中心に覆っている。

 絵面がやばい。


「ピリリ!ミミ!」


 結衣が叫び、扉を塞ぐ肉塊を剣で切り開こうとするが再生が早い。それどころかより分厚く、多くの肉が扉を塞いでしまった。

 レッドホットなら、もしかすると突破できるかな?


「ちょっと離れててや!」


 そう言った結衣が剣のスターターロープをチェンソーのように引っ張ると、剣にエンジンがかかり音を立てて刃が開く。剥き出しになった銃口が鉛玉を吐き、肉塊を蹂躙した。

 そのまま閉じてしまった刃で、流れるように肉塊を斬りつけた。


「あかんな」


 結衣の持つ剣が普通じゃないのは、言うまでもないよね。

 彼女の持つ剣もまたカラス製で、カラス製の武器は何かしらの変な特徴があるものばかり。

 それでも、やはり肉塊の再生の方が早かった。

 抉りとった肉塊はもう完全に扉を塞いでしまって、破壊された形跡さえも残していない。

 ここまでの完全修復と耐久性、是非とも我が家の扉として使用したい……と思ったけどビジュアルがきついからやっぱりなしで。


「ほらぁ、言ったのにぃ」

「そっちは大丈夫!?」


 ピリリさんはかなり狼狽うろたえているようだ、一方のミミさんは狼狽えるどころか呆れているような口調で罠に嵌った僕達に声を掛けてきていた。

 扉の向こうで自慢げに腕を組んで、ニヤニヤしているミミさんの姿が見える。

 別に、透視能力がある訳でもないけどね。


「こっちはウチらでどうにかするから、2人で先に行っといて!」


 結衣も諦めたらしい、ここで時間を摂るよりもっと手っ取り早い方法があるのを理解しているから切り替えは早い。


 こういうのは大抵、根元を殺せば全部解決する。

 術に囚われたなら術者を殺せばいいし、巨大な殺人マシーンに乗った悪の博士でも出てくれば、操縦してる博士を殺せばいい。

 そういう鉄則。


「わかった!がんば!」

「ほらぁ、ミミ正しかったもぉん」


 ミミさん、まだ言ってる。

 たぶん、あと10年くらいはことある事に行ってくるぞ。


「もういいよなあ、かなり待ってやったもんなあ、なあ?」


 突如、柱が立った。

 天井から床に向けて肉塊が、僕達を狙って突き出てきた。


「きも」


 結衣の単純な悪口に思わず声を上げて笑いそうになるが、場面を考えて舌を噛んで堪えた。


 変なところでドツボにはまる僕の後頭部を、ヴァニタスさんがはたいて仕事に引き戻してくれた。

 ちょっとだけ痛かった。


「1度部屋に入ったらからにぁ、外に出すわけにゃぁ行かねぇよなあ、なあ?そうだろ?」


 自身の指を食みながら、ネズミ頭の男は同意を求めた。

 たしかに待ってくれていたのはありがたいけど、仕事の邪魔をするのは良くないことだよ。

 仕事に熱心な人なら、問答無用で切り掛るところだ。


 こと仕事熱心な結衣は先を急ぎたいと思ったらしく、言葉も無く肉塊をつたい男本体へ、身をひるがえし斬りかかった。


「おっと、それ、俺のだぜ」


 斬りかかった結衣の手には剣が握られていない、剣を構えているのはネズミの男の方だ。

 なら斬り掛かろうとしてるのは、どっちだ?


「オラァッ!」

「お前なぁ、どういう原理なんだよその動き」


 銃を構え引き金に指をかけるまでの動作をする間に、ヴァニタスさんは男に向かって飛び跳ね拳を振りかぶった。

 しかし男は、剣で二人を薙ぎ払った。


「なんか、盗られてんけど」

「やばい事になったねっ!どうする?」


 思わず口調がウキウキ気分になってしまった。主武器を敵に奪われた挙句にヴァニタスさんに余計な外傷を負わせる始末。


 露骨に口調も態度も不機嫌になる結衣を見て、心が疼いて、胸躍って、耐え難い興奮と身体を巡る衝動に襲われてしまう。

 そんな自覚があるから、ちゃんと制御できている。生きていく上で我慢というものがどれほどに大事か。


「教えてやるよ。やべぇ事になったって思った時には、既に引き返せねぇって事なんだよなあ、なあ?」


 男は両手を広げ、ネズミの頭を掻きむしりながら僕らにそう説いた。

 どうやらネズミの被り物と肉が結合し始めているらしく、被り物がズレる度に皮がちぎれているように見えた。


 そして苛立ちを隠そうともしない結衣に、ギュッと手を握り親指で人差し指の付け根を突き刺して理性を保つ僕。敵を鋭い目つきでじっと観察するヴァニタスさん、そして扉を塞ぐ肉を手で揉んでいるマリアナさん。感性を疑う。


「武器がねぇんなら、殴れば済む話だろ」

「お前、頭にミートパイでも詰まってんのか?」

「いちいち腹立つなこいつ」


 たしかに、ヴァニタスさんの頭にミートパイが詰まっているかもしれない。存外、ネズミ頭の男と僕は気が合うのかも。


「ラクーンっ!」

「……!?」


 よこしまな考えが、ヴァニタスさんに悟られてしまったのかと思ってドギマギした。

 けど、そういうことでは無かったらしい、ヴァニタスさんは視線を男の方にやると。

「今からお前を殴り飛ばすからな、ミンチにしてハンバーグ作ってやるよッ!……やっぱピーマンの肉詰め!」と宣言し、男に向かってすっ飛んで行った。

 男は奪った剣を離すと、すぐ側の触手のような肉に吊るした。


 武器を自ら手放すとは、どれだけ舐め腐ってるんだと思ったのもつかの間。肉の柱が全員に襲い掛かってきた。

 手の動きを見れば分かる、やつは手で肉塊を操作しているらしい。そして、肉塊の柱は真っ直ぐにしか進まない。

 急に曲がることは無いので、避けるのは容易だ。


「なあ、お前ら、アーロゲントとかいう女、知らねぇかなあ、なあ?」

「……?知ってたとしても言わないと思うんですけどね!」


 ヴァニタスさんは柱を殴りながら着実に男に距離を詰め、結衣も僕もそれぞれに行動を始めた。

 マリアナさんはというと、肉塊の柱に腰掛けてくつろいでいるようだ。


「結衣!」


 後ろから狙われているのに気づいていない結衣に叫んだ。この戦場に集中できていないらしい、ちゃんと周りを見て行動しないと。


「おい!ラクーン後ろだ!」


 目の横を鋭い肉塊が掠めた。完全に頭を貫く気満々だった。

 ヴァニタスさんの掛け声がなかったらと考えると、いや、考えたくもないよ。

 誰か居る?自分の脳みそが貫かれたらなんて考える人。絶対に普通じゃないよね。


「くっそ、完全にめられたな」


 肉が支配する部屋を見上げて、ヴァニタスさんは言った。

 ヴァニタスさんも結衣も、そして僕でさえも。攻撃をするどころか、男に近づくことすら出来ていない。


「さあ、ひとりひとりだ、お前らの所有権は俺にある。玩具を壊すこの瞬間が1番興奮するよなあ、なあ?」



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