第六十九話『普通と異常』

 今回はこの、ラクーンが語らせていただきましょう。こういう語らいは得意じゃないですが、頑張ります。

 さて社交辞令は置いておいて。現在、大聖堂への奇襲で予定外だった事が2つありました。

 ひとつは、対処に手間取るであろう蜘蛛たちが一切姿を表さなかったこと。

 そのおかげで、二階までの通路は確保した。


 そして、もうひとつ。

 世界を滅ぼそうと企む連中の頭が、予想以上に狂っていたこと。


「結衣!そいつ黒灰を…」

「これで12人目やなっ!」


 結衣に倒された黒装束のひとりが、注射器を取りだし腕に打とうとしていた。

 けど、近くに居た結衣がその黒装束の奴を剣で突き刺しトドメを刺してくれた。


 黒灰は膨大な力を手に入れることは出来るが、その代償は大きい。

 理性と生命を奪われ、最後には灰になって空気に溶けてしまう。

 最初に見かけた時は対処することが出来なかったが、2度目からはこうやって未然に防ぐこともできている。

 まさか注射で人為的に黒灰を引き起こせるとは、この仕事のあとも忙しくなりそうだよ。


「また、ヴァンガル社の注射器や」

「やっぱり、黒灰って薬の類なんじゃ!」

「そうやな、それよりうちが気になるんはヴァンガル社の方や」


 黒灰の奴らは数は多くないが単体でも十分に厄介だった、今のところは2パターンのみがこの聖堂に現れている。

 天井に張り付いてムカデ型に進化した者、筋肉が発達して身体が膨張した者。


 どっちも気持ち悪くて、再生力が高いため倒すのに手間がかかる。

 生命力をこの瞬間に全て使い尽くしているような、そんな印象を抱いた。


「気持ち悪い!」

「わかる、うちも虫嫌い」

「い、いやそういう問題じゃなくて!生き物って頭を潰されたらだいたい死ぬでしょ?コイツら何回潰しても死ななくて気持ち悪い!」

「……せやなー」


 城の奥、大階段まで来た。同業者のほとんどが無限と思える程に湧き出てくる黒装束の連中の対処に追われている。

 任務の事を考えて、結衣さんと二人きりになってしまった。

 2人で2階へ続く大階段を前にして、そんな無駄話で気を和ませていた頃。


「よぉ、二人しかいないところ見ると、そっちにも黒灰でたか」

「ヴァニタス、パンデミックマリアナ、それから……ピリリさんは無事で何より!」

「今、って言ったかな?」


 言葉の綾に無駄に食いついてくるマリアナさん、こういう所がこの人が嫌われる理由。

 持っている杖で地面をコンコンっと叩く癖があるらしい、一定のリズムで叩き続けている。


「ともかくだ、全員無事で何より、こっちに黒灰が出てきやがってな、ほかの隊員が抑えてくれてる」

「まあ、主力は揃ってるし、なんとかなるやろ」


 ヴァニタスさんは銃に弾を込めながら、元来た廊下の方をやたら気にしている。

 頭は良くないけど、仲間思いの人だ。仲間思いの人間に限って先に死んでいく、そのはずなのにこの人はこの業界だと長生きしている方だ。

 信用はしてない。

 笑顔が引きっている、笑うのが下手な人だ。


「んぅー」

「どうしたの?ミミ」

「静かだなぁってぇ」

「……ほんとね」


 そう言えば、たしかに銃声だのが止むことはないが、確かにこの空間だけは異様に静かだった。

 敵も今居た1人だけだった、勢力が偏りすぎているだけかもしれない。

 だとしても、手薄すぎる。


「……いそがな」

「そ、そうだな、行くか」

「ミミ、あなた人を不安にさせるの得意なのね」

「えへへぇ」


 悪びれる様子もなく、何故か照れているパンデミック。そしてそれが許されているこの場の空気感。どうにも、生死を賭けた戦場という実感がわかないらしい。


「困ったものだね」


 マリアナさんは僕に共感を求めるように言いながら、ため息をついた。

 つられてじゃないけど、僕もため息をついた。




      〇



「んんぅ、B型」


 騒がしい大聖堂の、比べて静かな廊下。

 ディアベルは新鮮な肉を吟味していた。

 契約上、有利位置に立っていることには間違いないのだけど。

 やはり監視下に置かれているため、新鮮な肉を食べる機会があまりない。

 だからこういった新鮮な肉を食べる機会を、とっても賢いディアベルは逃さない。

 戦闘が終わったらしい静かな廊下を鼻歌交じりに歩いていた、床は赤くてついついはしゃいでしまう。

 ピチャピチャと、雨の日の子供みたいに。水面を揺らして、水を跳ねるのが楽しい。

 水が赤いのも愉快だ。


「あら、調理済み?」


 明らかに死体が多いところに来た、今までの死体と違ってここのはどれもバラバラに切断されていた。

 なんて素敵なバイキング、選り取りみどりの至れり尽くせり大盤振る舞い。


「……」

「あら、モルちゃん」

「うん」


 見たことある肉がいた。

 名前もちゃんと覚えていて、やっぱり賢いディアベル。

 刃こぼれが酷いナイフを眺めていたモルちゃん、刃こぼれが気になっているのかも。


「そのナイフで調理したの?それにしては……」


 肩から切り落とされている腕を拾い上げて、指をんだ。

 多分A型、骨は食べれないから骨はちゃんと出す。スイカの種みたいに。


「切れ味がいいのね」

「……うん」


 真っ二つに裂けている死体を見て、ディアベルは眉をひそめる。

 眉をひそめて、人差し指で頬を掻いて。

 切り口を見て、チェンソーか何かを想像したのだけれど実際の凶器は予想より小さかった。

 どうやってそのナイフで切断したんだろう、気になる。


 ふと後ろに気配を感じた、予想は的中。男が不意打ちを仕掛けてきた。血の着いた剣を振り上げて私の後ろをとった。

 比較的正しい選択ではあるけれど。


「首がガラ空きよ」


 そう言ってディアベルは振り下ろされる剣を振り返りながら避けて、男の首に注射を刺した。

 男は喉をむしる様にもがいている、ディアベルはその男に跨り腕を引きちぎった。


「気持ちいいでしょ、心地いいでしょ、苦しい?ダメダメ普通じゃないわ、普通になりなさいな、気持ちいでしょ嬉しいでしょ、それが普通なんですもの、もっと普通を分かりなさいな」


 男は声にならない苦痛の叫びを上げて、千切られた腕から血をすする悪魔から必死に逃れようとしていた。


「美味しいわ、ここは喜ぶところでしょ?普通そうでしょう?何か言いなさいな、普通じゃないわ、お話しましょうよ、私はお話は好きよ、ほら気持ちがいいのはわかるけれど」


 悪魔は下顎を引き抜いた、目玉を抉り出した、どこからか取りだしたメスで胸を切り、無理矢理傷口から肉を引き裂いた。


「あぁ、いいわぁ、いいよね、最高よ、ほら、美味しいわよ、あなたも食べる?お裾分けよ、普通にね、もしかして寝ちゃった?」


  男は眠ってしまったらしい、人と話している時に寝てしまうなんてなんて非常識な輩なのだろう。

 ディアベルはため息をついて、開いた男の胸元から適当に内蔵を選んでつまんだ。


「それが貴方の本性ね」


 こちらを少し離れた所で見物していたモルちゃんが、そう言いながら廊下を歩みはじめた。

 ディアベルはまだ迷っていた、先へ進むべきか食を楽しむべきか。

 少し考えて、まずディアベルがすべきことを思いついた。それはあらぬ誤解を解くこと。


「……?私は至って普通よ、それにモルちゃん、あなたのほうが変でしょう」

「……会話のキャッチボール」

「ホームランよー」

「キャッチボールにホームラン?」

「あれ、間違ってるかしら?」

「うん」


 キャッチボールは確か、野球のボールを投げるんじゃなかったかしら。だから野球なのでホームランでは。

 きっとそう、モルちゃんは野球はしなさそうだもんね。きっと野球を知らないのだろう、キャッチボールも同じく。


 そんなこんなで新鮮な肉を頂こうと、手を合わせた……と同時にモルちゃんが廊下の曲がり角の方を警戒し始めた。

 気になってじっと視線を送ってみると。


 角からひょこっと顔を出す、変な生き物がいた。

 大きさは2mくらい、頭から頭が生えてトーテムポールのようになっている。顔が沢山あるが身体の形は通常の人間と変わらないものだが、その身体は異常に痩せこけていた。

 肉は着いていなさそうだから、きっと美味しくはない。

 そして、変な唸り声を上げている。


「ア、アァア……ァゥアァ」

「……かわいいわね」

「感性を疑う」


 モルちゃんは妙にソワソワしていた、声は知的で頭の良い人間特有の凍てつく様な冷酷さを孕んでいた。

 そして美食家のディアベルも興奮していた、人間の脳は美味しい、それが沢山詰まっている目の前の生き物は言わば好きな飲み物しか入っていないドリンクバー。一家に一台は欲しいドリンクバー。

 まあ、家にあっても血しか出てこないと思うけれども。


「持って帰るわ」

「……肉塊になればもっと素敵かも」

「それは、そうね」

「ばか」

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