第六十八話『にげばなし』
人を殺して笑むことが出来るのは、孤立している人間だ。
壁を作って他人を見ることの出来ない、孤立した人間はそういった狂気が発現する傾向にある。
自分以外のモノを、壊すことに
とはいっても、ほんの一部の話だが。
そしてそんな一部の人間が、ここには多く集まっている。
それぞれに壁があって、それぞれの独壇場で好きなように他人を壊す。
あくまで、求められた形で。邪魔なモノを壊して、必要なモノには見向きもしないで。
しかし、その形も変わってきているようだ。
それぞれに壁を持っているのは変わらない、けれど、大きなひとつの壁に囲われた中で、それぞれが同じ箱の住人として、蜂の巣状に壁が並んで、互いを認識しあっている。
壁が見えない者、壁を無いものとして扱う者、壁を透明にする者、壁を気にしすぎる者、壁に罠を仕掛ける者、壁を壊す者。
形は色々あれど、仲間と呼べるものが、そこにはあったのかもしれない。
人殺しの集まりが、いつの間にやら狂人の集まりになっている。人数が増えるにつれ殺しを好かない者ももちろん現れる。様々な人間が、ここで仲間として協力しあっている。
もっとも、仲間という表現より、彼らの多くは同業者という言葉を好むが。
「銃より、ナイフの方が良い、死の感触がよく伝わるから」
そして、彼女もまた。壁に囲まれた、孤立した人間であった。
『
壁の中は一人だと寂しい、けれど彼女には最近同居人ができた。これでもう寂しい思いはしなくて済む。
本能を抑えつければ。
腹ぺこな狼の檻に羊を入れても、狼は羊を食べずに我慢できるだろうか。
「数だけじゃ私に勝てないと思うけど」
狼に、餌を与えればいい。
お腹いっぱいになったら、羊を食べる必要もなくなる。はずだ。
欲望が、食欲のみならば。
「どうせならもっと、多い方が、いいのに」
彼女はその同居人を自分と重ねている、同居人は彼女を別の誰かに重ねている。
彼女はそれに気づいているけれど、そのおかげで愛されていると彼女は判っているから。
今はまだ、それでいいと自分に言い聞かせて。
廊下に蔓延る、黒装束の者達を平らげた。
ナイフを振り、血を払う。
〇
フェンリルが現れて、僕がとった行動は。
古城まで逃げること。
古城まで逃げれば結衣さんとかが居るはず。最悪猫さんが居れば簡単に倒してくれるし、僕一人には到底倒せる相手じゃない。
モルを探して応戦してもらおうとも考えたが、モルの剣も、猟銃も家に置きっぱなしだった。つまり今彼女はまともな武器を持っていないはず。
戦力にならないし、かえって危険だと判断した。
雪に足を取られて走りにくい、追いかけてきているらしいフェンリル、建物が崩れる音が静かな街に響き渡る。
聖堂の方面も、何やら騒がしい。
もしかして、僕が今藁にもすがる思いで向かっている古城に誰もいないなんて事ないだろうか。
「なあ、武器持ってるか」
「……?アブラナさん、よかった、今見てわかる通りこの状況なので助けて貰えますか」
民家の屋根の上に居るアブラナさんにそう叫んだ、わざと入り組んだ道を通ってきたためフェンリルは民家を踏み潰すのに時間を取り少し猶予がある。
息を整え、古城までの道のりを、昨日見た街の地図の記憶を在処に考える。
しかしやはり僕は悪運が強い、まさかここで味方に逢えるとは。
「ああ、もちろん、だから来たんだよ」
「古城の方まで逃げて、助けを呼びましょう」
アブラナさんが民家の上から飛び降り、僕は作戦を伝える。
この人、高い所から飛び降りるのが好きなのだろうか。そんなことが頭をよぎったが、今はそれどころじゃないと、この変な思考を隅にやった。
ともかく、たまたま逢ったのがアブラナさんだったのは当たりだ。アブラナさんなら上手くフェンリルを翻弄して、古城まで逃げ切れるはず。
果たして、これが本当に偶然の出会いだったのかは置いておこう。
今はともかく、逃げないと。
「いや、悪いがそれは無理だ」
「はへ」
予想外だった。
思わず間抜けな声が出てしまった、いったい僕の声帯のどこからこんな声が出るんだ。
やっぱりあっちでも何かが起きてるのか、
だとすると、僕らに残された選択肢はもう無いんじゃないのか。
「ここで殺るぞ、俺らでな」
マジか、この人。
「マジですか」
「マジだ」
逃げる過程で邪魔に思って、一度捨てようかと血迷ったが念の為にまだ背負っている猟銃をコッキングし、カラスの魔改造によってライフルと散弾銃の切り替えが可能になった猟銃のダイヤルを、ライフルに合わせる。
「朝ごはん何食べた?」
「えっと、ササミですね」
「いいな、俺、凍った茹で卵食った」
獲物に追いつき、ゆっくりとこちらを見据えたフェンリル。
真っ白な世界に佇む、灰に蝕まれた獣に、僕は銃口を向けた。
「……凍った茹で卵?」
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