第六十七話『ささやかな願い』

 雪国の大聖堂。

 この聖堂の本来の名前を知る者は居ない、本当に聖堂なのかどうかも、今となっては分からない。

 壮大な石造りの、印象的な440もの客室、280の暖炉、84の階段、装飾が細かいところまで施された、見る者のほとんどがそれを城だと思う様な外観をしている大きな。

 城だ。


 そして、何故この城が大聖堂と謳われるのか。

 それはこの城の、おかしな構造にあった。

 この城はその大きさゆえに廊下が非常に長い、左の廊下には左側のみに部屋が、右の廊下には右のみに部屋がある。そして、城の中心には一階から2階にわたって中心の大きな空間が城全体によって覆い隠されるような設計になっているのだ。


 そして、最上階の三階には廊下は少なく、大きな礼拝堂があるのみ。そして三階の部屋の中心には天井や壁に美しい絵が描かれている部屋がある。

 下の空間へ続く道は、王族しか知らない。


 そんな逸話どころか、ここが本当にかつて城だったことも、知る者はいないだろう。

 その血を引き継ぐ、王族の末裔はその限りではないが。

 言うまでもないが、全ての真実を知る神もだ。


 ただ一度の勝利が約束された剣。

 誰が、何の目的で、これを振るう事になるのか。それは、王族さえも知らない。




      〇




 午前7時。

 雪が積もった町は住民を避難させたせいで静か、反対にこれから起きる事の為に朝から少し騒がしい。

 少し、というのは、ギリギリまで勘づかれないための最低限の配慮なのかもしれない。


「久しぶりね、えっと……」

「ミミだよぉ、こっちではみんながミミをそう呼ぶんだよぉ」

「あははっ!……そっか、いい名前」


 小さな古城の城主、ピリリは自身のモノクルを外してポケットにしまった。

 ピリリはミミの顔をじっと見つめてみた、けれど彼女はそれに気付いていない様子。


 彼女の目には呪いが宿っている、だから彼女は包帯で目を隠しているのだ。しかし日常生活が送れている所ではなく、こんな戦場で生き残ることが出来るほどに彼女はその状態に慣れている。


「協力してくれてありがとぉ、ねえね」

「愚妹のためだから、それに礼を言うのは私の方、ありがと、ミミ」


 お城の部屋に1人では入れない、2人居ないと、あの場所には誰も入れない。

 だから、どちらかが死んでしまえば……。


「姉ね、一緒にいれなくてごめんね」

「ううん、大丈夫、私は一人でも平気、それに自分のやるべきこと、見つかったんでしょ」

「うん、ミミの居場所なのぉ、ものすごぉく楽しいよぉ」

「ミミの、意味にぴったりな場所だね」

「ふふん」


 妹のミミには、ひとつ、違う名前がある。

 姉の私は持っていない、意味のある名前を。

 かつてこの血を支配した王族が持っていた、名前の力を。


 けれど、その名前を持つのは、現代では彼女だけだ。

 どうか、その力を、正しいことに使って欲しい。

 正しいことって言っても、誰かにとっての正しいじゃなくて、彼女自身の正しい事の為に。


「メイドちゃんは元気?」

「うん、だからミミも元気なんだよぉ」

「よかった」


 きっと、彼女にも寂しい思いをさせてしまっていると思う。

 今度、会いに行ってみようと、そう心に決めた。

 白内障を患っている彼女が、私の声を忘れてしまわないうちに。


「全ての地点に爆薬を仕掛け終わりました、合図が出次第、作戦を開始します」


 武装をした男性が控えめに言って、一度軽く頭を下げるとその場を離れていった。

 生きて帰ろう、そうしてまた、三人で紅茶でも飲んでお茶会をしよう。


「姉ね、好きだよぉ」

「なんだか死にそうなセリフだよ?」


 白く染った街の青く澄んだ空の下、戦場を前に、クスクスと2人で笑い合った。




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