第六十六話『開幕』
鳥が囀り。当たり前のように空は青く。当たり前のように雲は白かった。
そして、当たり前のように、僕は起床した。
隣には誰もいなかった。
「養鶏場の鶏が大半やられました、きっと野良のフェンリルとかの仕業でしょう、許せません」とメイドさんがご立腹。
今日はいつもより早く起きすぎてしまったらしい、空の青はまだ深海から空を見上げた時のような色をしている。
モルが僕より早起きをしているとは、珍しいこともあるもんだ。
「モル、探してきますね」
「あの」
「はい」
「主人も、朝早くから出ていかれてしまったのですが、なにか、あるのでしょうか」
「さぁ、僕にはなんとも」
これが、早朝の会話。
彼女と、最後に交した会話になってしまった。
どうせなら、もう一度、紅茶を飲んでおきたかったかな。
時間は進む。
モルを探して、街を徘徊した僕だったがモルを見つけることは出来ず。
太陽もすっかり昇った、8時くらいのこと。
街は静かだった、異常な程に。今思えば、人がひとりも居なかったことをもっと怪しむべきだった。
突如、聖堂の方で、そして街の中心で同時に、轟音が鳴り響いた。閑静なこの街に、よく響き渡ったその音が合図となって。
僕の視界には、黒く、凶悪に変貌した、この前列車で見たフェンリルの何十倍もの大きさの親玉フェンリルが映っていた。
そして、その時。
ミミさんや結衣さん、そしてモルの視界は。
聖堂内の、黒装束達を敵として捉えていた。
〇
大きな音。
銃声。
金属音。
爆発音。
叫び声。
断末魔。
戦場が私を呼んでいる。
音のした方へ、私は行けばいい。
敵を倒せばいい。
私の仕事。
私は死なない。
私は敵を勝たせない。
大きな存在のする方へ。
敵がいる方へ。
「にゃあ、ありがとにゃ、フーラ」
私を、呼ぶのは誰にゃ?
〇
主人は、朝早くお城の方へ。
モルさんは、私より早く起きたみたい。
志東さんも、どこかへお出かけ。
一人でいることは慣れている。
帰ってきた主人とお話をするのを、楽しみにして。私は自分のすべきことをする。
私は主人のメイドだから。
戦いが得意な訳じゃないから、私は私のできることを、主人のために。出し惜しみはしない。
だから。
チャイムがなった。
私は、扉に手をかけた時に理解した。
私では、どうにも出来ない。
少し考えてみた。
けど、逃げることは出来ない。
そう、悟った。
開けるしかない。
「ご要件は」
よく見えないけれど、扉の前に立っていたのは、身長が異常に高い覆面の蜘蛛のような男。
「こコの使用人カ」
「はい」
緊張で、息が、しにくい。
上手く息が吸えない、喉につっかえて、息を一度で吸いきれない。
「貴様の、主人ニ用があル」
「申し訳ありませんが、主人は留守にしております」
「何処に、居ル」
「申し訳ございませんが、お答えすることは出来ません」
「もう一度聞コう、貴様ノ、主人は何処にいル」
その時。
轟音が街の方で鳴り響いた。
何かが、始まったのだろう。きっと、主人が仕事をしているはずだ。そうだ、なら。ちゃんと私も仕事をしないと。
「……ア?」
「お引き取り下さい」
街の方を睨み、固まる男に言ってやった。
たぶん、それで最後だった。
最後だと、たぶん、分かっていた。
「チっ、くソ、やりやがっタなッ!」
腹を立てたらしい、男は声を荒げて。
次、気付いたら、私は鉤爪で、腹を貫かれた。
身体が熱い、息が苦しい、意識が押し潰されて、肉が裏返るような苦痛で。
私は、何も、見えなくなった。
私は、仕事を貫き通した。
だから、次は。
主人に、私の仕事の話を、聞いて欲しいな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます