第六十四話『吹雪く夜』

「志東さん」

「なんですか」


 ミートパイと、家の裏にあるらしい養鶏所の鶏の卵から作ったベーコンエッグをたらふく食べたあとの話。

 僕がリビングのソファーで読書をしていると、僕と本の間にモルが割り込んできた。


「今日、一緒に寝よー」

「怖い夢でも見ましたか」

「んーん、けど、ベッドが広くて落ち着かないの」

「あぁ、わかりますよ」

「だから、いーい?」

「いいですよ」


 広いベットが落ち着かないというのは、貧乏性の一環なのだろうか。

 広い空間は落ち着かない、自分の大きさに取ってしまっている空間が見合っていないのが原因だと持論。

 そんなわけで、僕は狭い部屋の方が好きだ。


「やったー!じゃあ、本も読んでね!」

「いいですけど、なんの本ですか」

「アールロックスの本」

「知らないですね」

「猫が海でタップダンスで敵を倒すお話」

「情報量が多い」


 一体何を思って、そんな本を書いたんだ。

 いやはや、たまにとんでもないものを思いつく輩が居るもんだ。

 タップダンスでどうやって敵を倒すんだろう、もしかしてダンスバトルとかなのかな。気になってきた。


「読んでね」

「分かりましたよ」




      〇



「嘘やろ、ラクーン」

「いや、ホントだよ!だからカラスとアーロゲントには巣穴の方へ向かわせて、ヴァニタスと僕と貴方は例のふたりを頼りに聖剣を奪取しに行く感じ!それ以外のみんなは聖堂への攻撃準備は既に完了!ちなみに猫に限っては自由行動だから!」


 古城。

 夜の天候は大荒れ。

 外とは対照的に、古城内は静か。


「そうやなくて、教団の奴らが聖剣を発見しそう言う情報は、まあ、わかんねんけど、フェンリルの親玉がこっちに向かってる言うんはどこ情報やねん」

「ディアベルが教団の内通者から聞いたらしい!というか現在進行形」

「ちょい、話せる?」

「どうぞ、スマホ、使い方分かるかな?」

「舐めんな」


 世界崩壊後、通話の便が一部に関しては結果的に良くなった。手紙や伝書鳩などによるものの方が多いが、それら以外の通信機器による連絡がかなり便利になった。


 理由は、通信機器の違いによる隔たりが当たり前に無くなったことが挙げられる。例えば、スマートフォンからトランシーバー等にも、その機器固有の型番を登録しておけば通話が可能になる。


〈ほいほい、結衣ちゃん久しぶりー〉

「お前、どうやって……」

〈薬よ、薬、何の薬かは聞かないでちょうだい、薬目当てに何でもする従順なおバカさんはそこそこ居るの、そのひとりってだけよ〉

「おおう」


 彼女を頼っている人間は多い、彼女ほど薬に精通した人物はいないだろう。様々な人物や組織が彼女に依頼を持ち込んでいる。

 中には彼女に頼らされている人物も居るらしいが、ダークグレーゾーンということであまり触れる者はいない。


〈まあ、私が依存させたんだけれどね〉

「相変わらず人の心が欠けてんなあ」

〈人なんて、快楽に従順な奴隷よ、こらっ、うるさいってば!それで全部よ安心しなさいなっ!あぁもうっ、マリアナ静かにさせておいて〉


 電話の向こうが、少し騒がしい。

 ふと思い立ってガラスの向こうを見てみた、吹雪は止みそうにない。

 酷い天気だ、この様子じゃ外には誰も出ることはできないだろう。


「ふん、それはともかく、なんでフェンリルの情報持ってんねん、その話がほんまやったらやばないか」

〈どうやら、フェンリルの動きを、教団の中の誰かが観測してるのか、それとも操っているのかしているらしいわ〉

「わからんわからん」


 フェンリルはあくまで野生の生物だ、しかもその親玉を人為的に動かすことは出来ないはず。

 だとすると可能性は前者の方が高いわけだ、どうしてわざわざフェンリルを観察する必要があるのか。


 奴らの目的の邪魔になるからか、しかしそれにしてもわざわざフェンリルを?フェンリルが街に襲撃しに来る可能性があるから?

 フェンリルは確かに獰猛だが、人が住む場所に降りてくることは滅多に無い。だからこそ、色々なところが襲われている今のこの状況は異常な訳だ。


〈あまり詳しい情報は持ってないみたい、役立たずね、そろそろ加工時かしら〉

「何に加工すんのかは聞かんとくけど、とにかく、どうなんねん、フェンリルの話」

〈だから、教団の方々は明日の昼までにここの国を出ていきたいらしいの〉

「なら、仕掛けるなら、早朝しかないんか、フェンリルの処理もしなあかんし」


 考えすぎかもしれない。しかし、奴らがどうしてフェンリルの動きを把握しなければならなかったのか。

 どこか引っかかる。


〈それは、彼がどうにかしてくれるんじゃないの?志東くん〉

「いや、無理やろ」


 そもそもこの情報が彼に伝わっているかも不明だし、今の彼に親玉格のフェンリルをどうにかできるとは到底思えない。


〈とにかく、そろそろ行くわ、帰り道を探さなくっちゃ〉

「うん、がんば」


 そう言い残して、通話が切れたスマホをラクーンに押し付けるようにして返した。窓の外をまた眺めてみた。外で吹雪が吹き荒れている。

 隣でラクーンが大きくあくびをして、それにつられてあくびが出た。目じりに雫ができてしまってそれを拭うように手で擦る。

 城の中は静かだ、不気味な程に。


「どうする?」

「決まってるやろ、今すぐ全員に伝える、作戦は明日決行や」

「いや、あの、準備完了って僕言ったよね!つまりそれはね!みーんな知ってるんだ!明日行くぞってね!」

「え、そーなん?」

「うん」


 もう一度あくびが出てしまって。

 雪の音だけになって。

 それが耐え難くて、適当になにか言おうと思って。


「……お腹すいたからなんか食べるわ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る