第六十三話『足りない力』
「おかえりぃ」
「たっだいまー!」
「どうも、ただいまです」
雪が降り初め、ミミさん邸に帰ってきた。
最初は少ししか降っていなかった雪も、今では前が見えないほどの吹雪になっている。
「ルピーちゃんが今ぁ、ご飯作ってくれてるよぉ」
「マリアナは何してますか」
「観光じゃなぁいかなぁ、知らないけどぉ、家にはいないよぉ」
外はすっかり暗くなってしまって、僕達は雪が染み込んだ上着やらを玄関のポールハンガーに掛けた。
「情報は何かありましたか」
「ひとつ面白い話を聞けたよぉ」
「ほほう」
別に、興味がある訳じゃないけれど。興味のあるフリをしてみた。仕事を全て任せてしまっている身だし、話を聞いてほしそうだったので。
僕の良心である。
「昔、フェンリルの親玉をねぇ、討伐した人がいたんだってぇ、もう何年か何十年か何百年かも前の話らしいけどぉ、
あやふやだな。
きっと聞いた人達の、時間の感覚がバラバラだったんだろう。こればっかりは仕方がない。
それにしても何百年はおかしいだろう、吸血鬼でもいるのかな。この国は。
そりゃ、居るか。国に、1人か2人くらいは。吸血鬼。
「暗憑ってことは、その人は」
「うん、死んじゃったみたいだよぉ、でも像が作られたんだってぇ、でもそれはどうでもよくってぇ、暗憑の力ってすごいの知ってるよねぇ?」
「一応は」
「それくらいの力を使わないと倒せない相手ってことだからぁ、こわいよねぇ、私、倒す代わりに犠牲になるなんてやだよぉ」
「僕もですよ」
勢いを増し、吹雪く音が大きくなる外を。大きなガラス越しに、ぼんやりと眺めてみた。
ふと手招きをするミミさんに気が付いて、人差し指で自分を指すジェスチャーで返してみた。それにミミさんは深く一度だけ頷いて。
「お風呂入ってきていぃよぉ」
「あぁ、助かります」
「お湯も張ってるしぃ、ごゆっくりぃ」
「一緒にお風呂?」
小首を傾げるモルを眺めて、少し考えてみた。
別に問題はなさそうな気はする、けどひとりで入った方がゆっくりできるのではないのだろうか。
風呂で疲れを取るなら、やっぱりひとりで入りたいかな。
「あぁ、じゃあ僕待っておきますよ、暖炉もありますし」
「マシュマロ焼けるかなぁ、試してみよぉ」
「チョコレートありますか」
マシュマロが入ったバスケットをミミさんに押し付けられ、ミミさんはモルの手を引いて。
「じゃあお風呂までミミが案内してくるよぉ」とモルを連れ去ってしまった。
そうして僕一人取り残された玄関で、僕は小さくくしゃみをした。
〇
「安全の考慮だね」
「すごい吹雪ね……食べないの?マリアナ」
ディアベルは皿の上に乗った肉塊をナイフを遣い、上品に口に運んで魅せた。
対してマリアナは、フォークで肉をつつくばかりで口に入れようとする素振りすら見せない。
「あぁ、一応、出してくれたものは残さず食べる主義だからね、いただくとするよ」
「ちゃんと味わって食べてよね」
「あ、味わって、ねぇ」
本棚に囲まれた地下の部屋、唯一ある大きな階段が面している部分はガラス張りで外の景色がよく見える(とは言っても吹雪でほぼ何も見えない)、大きな階段のみが唯一のこの部屋に入る手段で、。他に、この部屋に入る手段はない。
二人は、真ん中の小さな机越しに向かい合って座っていて。
そして一人、書斎デスクで原稿に何かを書き込む女性がいた。
「およよ?私の分はないの?」
「あ」
「無いそうだね、私のをあげるよ」
「ありがたや〜って何これ」
「「肉」」
二人の気迫に気圧された様に、その女性は掛けているモノクルを弄った。
その女性は
服装は黒いクロークで、魔法使い風。
「ていうか、早く行きなよ、取引の人待たせてるんでしょ」
「いいのいいの、薬で餌付けしてる私の可愛い飼い犬だから、いくらでも待ってくれるわよ」
「ディアベルって名前だけあってさすがの悪魔っぷり」
「この肉、ピリリに譲ってあげるともさ、だから私は食べなくてもいいよね、もちろん」
女性の名前は、ピリリ。
本人は、この名前を気に入っている。
「まあ、私は結衣ちゃんに呼ばれてるから、もう行くからね、そこのアールロックスの本だから、忘れちゃだめだからね」
「私、記憶力いいのよね」
ピリリは、階段を上がっていった。
場には2人だけが残された、静かな時間が訪れて。
最初にその静寂を破ったのは、マリアナの方だった。
「彼女が確か、この城の城主だって言ってたかな」
「ずるいわよね、いいな、私もこんなお城に住みたいわ」
マリアナは席を立ち、本棚に敷き詰められている古そうな本達をじっくり見物し始めた。
ディアベルは自分の皿の分を食べ終わると、マリアナが一切手を付けなかった皿をフォークで引き寄せた。
「それで、本当に急がなくてもいいわけじゃないだろう?」
「そうね、でも食事を楽しむくらいの時間はあるわ」
フォークをくるくると回し、部屋を目玉だけで見回すディアベル。そしてそんなディアベルと目が合わないように適当な本をとってマリアナは視線を本に下ろした。
ディアベルは小さくため息をついて、食事を再開した。それをちらりと覗き見てマリアナも本を元あった位置に収納し、また本棚をじっくり探り始めた。
「そういえば、猫ちゃんにあったよ」
「そう」
別に、どうでも良かった。
「親友だったんだろう?」
「覚えてないわよ、私も、彼女も」
嘘だ。
そんな嘘をマリアナが見抜けないはずもない、それをディアベル自身も理解していた。
理解していた?
本当に?
「薬のせいだろう。」
「私のせいよ」
渡した本人に、責任がある、はず。
薬のせいといえばそう、けど、作ったのはディアベル自身で。作り出したわけじゃない、誰かがどこかで生み出したものを、ディアベルが作っただけ。
頼まれたものを、作って、処方するのが仕事。
「力を求めたのは彼女自身だろう」
「求めさせたのは私よ」
何も出来なかった。
正直、親友の親友なんて、他人でしかないし。唯一の親友を奪う存在でもあった。
それでも、1人で背負わせるべきじゃなかった。力を貸せなかった、貸さなかったディアベルの責任。
だから、違う形で力を貸した。
自身の、得意分野で。
それしか能がないから。
ディアベルは。
わたしは、自分のために使った。それでも、自分が消えるのがこんなに苦しいのに。
彼女は、自責の念に駆られながら、もう居なくなってしまった親友のために使って。
それすら忘れて、力のみが残った彼女に。
忘れ去られてしまった私は、どうやって。どんな顔をして、彼女に会えばいいのだろうか。
私は理性がすごいから、まだしばらく大丈夫なはず。
消えるまで1度、顔を合わせたくないけれど。顔をもう一度だけ見ておきたい。
「そもそも、灰結晶なんてものがあるせいだとは思わないかな」
「うっさい、そろそろ黙って」
「……あ、発見」
マリアナは緑色の表紙に金色の文字でアールロックスと書かれた本を指さして、口元をナプキンで拭うディアベルに見せてやった。
「押したら隠しドアが出てくるとか?」
鼻笑い混じりに、軽口を叩いてみた。
マリアナも、それに乗っ掛りなんとはなしに本を押してみた。
すると、思いのほか本は奥まで押し込まれ。
それどころかその本が飾られていた本棚自体も壁にめり込み、静かに音を立てながら横にスライドした。
そして、本棚の後ろから姿を現したのは一本の道。
「そうっぽいね」
「ふうん、蜘蛛の巣と、骸骨?素敵な道ね」
「君が言うと皮肉なのか本心なのか分からないね」
「心の底からの皮肉よ、つまり、本心からの皮肉かしら?」
そう言って、皿を片付け、トランクに綺麗に収納して立ち上がった。
「ごちそうさま」
「じゃあ、行こうか」
「そうね」
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