第六十話『それぞれの形』
「申し訳ございません!い、今我々も必死に探しているのですがっ」
「時間ガ、ないト。言ったハズだ」
覆面の男はそう言って黒装束の男を鉤爪で貫いた。
男からは血が抜け落ち、床に落とされた。
「チッ」
「ぁぁあ、ががぐぁっ」
貫かれた男は苦痛に悶え唸り。
男の肉が裏返り、骨が異形に歪み、皮が凝縮し、髪が抜け落ち、目が焼け爛れた様になり、精神が糸に絡められ、男はその姿形を変え、存在が書き変わった。
そうして新しく生まれた蜘蛛は、己の形も忘れ。カサカサと地を這いずって行った。
……。
覆面の男は焦っていた。早く見つけなければならないモノが、一向に見つからない。
焦りと苛立ちは相反せず、大抵の場合双方は惹かれ合う。
苛立ちはいずれ怒りへ、怒りは恐れを生む。
蜘蛛に恐れるものは無い、いや、恐れという感情すら知らない。覆面の男にとって、それが唯一の幸いだった。
恐れは支配に役立つ、もしくは不必要な動揺を生む。
早くせねば奴らが来てしまう、普段であればそれもまた一興なのだが。今回はそういうわけにもいかない、リスクは徹底して避けなければならない。
時間は無い。
覆面の男は熱望に聖堂の天井画を見上げ、複数人の天使が囲う一振の剣を睨んだ。
〇
「志東さん、私ね、ケーキの上に乗ってるチョコレート好きなの」
「そうですか」
「だからね、嫌いなら私が食べてもいいよ」
「僕は最後まで取っておく派なんですよ」
「じゃあ食べていい?」
「話聞いてました?」
ログハウスのレストラン。聖堂近くにある為、普段は観光客でそこそこ賑わっているらしいが。現在の店内は空いている。
レストランというか、ファミリーレストラン。
チョコケーキを頼んだら、店員さんがおもちゃの入った箱を持ってきた。
どうやらひとつ無料で貰えるらしい。
「志東さんはどれにするの?」
「僕は対象年齢外なので貰えませんよ」
「あれ、それじゃあ私も」
「バレなきゃセーフですよ、セーフ」
僕はチョコケーキに飾られている鹿の形をしたチョコレートを、既に何も無くなっているモルのお皿に移してやった。
おもちゃ箱を物色していたモルはそれに気づくと、屈託なく微笑んだ。
「何か良さそうなのありましたか」
「んーと、塗り絵とか?」
「へえ、意外ですね、塗り絵とか好きなんですか」
「私は塗り絵より、自由に描く方が好き」
「モルらしいですね」
グランドファーザークロックの時計が、1時を指した。
天井で歯車がギッシリと並んで、
「さて、じゃあ、これからの話でもしますか」
「これから?」
「はい」
モルは、遠慮がちに僕の目を見て。困った様に、笑って。
膝の上に載せるようにして漁っていたおもちゃの入った箱を、机の上にそっと置いて。
「それは……私たちの未来のお話?……それとも、お昼のお話?」
「僕たちに未来なんてありませんよ、お昼の話です」
「うん、もちろん、……そうだよね」
最近、仕事の量も増えてきた。その上、その大抵が教団絡み。もしかすると、本当に。そろそろ、終わってしまうのかもしれない。
長くは続かないと知っていたけれど、そうじゃなく根本から終わって、粉々になって散り散りになってグシャグシャになってグチャグチャになって。
もう何も残らないかもしれない。
その方が、互いにとっても、良いことなのかもしれない。
僕はメニュー表を眺めて指でなぞるモルから、それを奪い、メニュー表を閉じて。元の場所に戻した。
元あった場所に、本来そう在るべき姿に、形に。
「どこか行きたい場所でもありますか」
「んーと、雪の森っていうところに行ってみたい」
[あぁ、たしかに、メジャーですよね、あそこ]
「雪だるま職人としては、雪だるまの集まる雪の森には行っておきたいのだよ」
「なら、見に行きますか、雪だるま」
僕がチョコケーキを食べ終えて、結局モルは塗り絵ではなく、最近よく見かけるカエルの置物を箱の中から選んで。
僕達は雪の森に行こうと決め、その店を出た。
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