第五十九話『悪魔』

「うわぁーおー」

「大きいですね」


 大聖堂の傍まで来てみた、黒装束の奴らが見張りをしているため。中には入れなさそうだ。

 大聖堂というより、見た目は完全に古城のそれだが。


「お化けでそうなお城だー」

「お城は後ろのやつですよ、こっちは聖堂なんで……お化けはどうなんでしょうね」

「お、お化けは僕苦手だなぁ」


  視線を下ろすとカラスも、モルと同じく聖堂を見上げていた。

 いつの間に現れたのやら。

 白い雪景色に黒い衣装がよく映える。


「カラス、仕事の方は」

「ダメだね、ちんたらしてるよ、遅すぎる、機を伺うだとか言って全然動かないから暇だし、あと一人来てないから役者不足だし」

「そっちは大変そうですね」

「まあ!つまり、暇だからこの僕様が力を貸してあげようって話ね」

「生憎、こっちも暫くは暇ですよ、のんびり観光でもして、まあ、冬休みを満喫ですかね」


 それを聞くとカラスは肩を落として、腹癒せに聖堂の壁を蹴った。

 何かしらのバチが当たりそうな行為だが、今の場合なにか起きて欲しいと願うカラスには何も起きないだろう。

 というか、巻き込まれそうなので起きてくれるな。


「ちなみに、役者不足というのは?」

「ねーねー志東さーん、次あっちのレストラン行きたーい」

「後で行きましょうか」


 袖を引っ張り、暖かそうな橙色の柔らかい灯りの点るログハウスを指すモルを説得し雪遊びに向かわせた。そして、石を詰めた雪玉を作るカラスを一瞥してみた。

 カラスと視線が触れて、数秒の静止の後カラスは雪玉を後ろの茂みに投げ捨てた。


「今、僕に投げようと」「してないね」

「いや、今僕に」「知らないね」

「……」


 雪玉に石を詰めちゃダメじゃないか。

 倫理的に。物理的に。あと、雪玉っていうか石玉になるだろ。

 石玉、それただの丸い石なんじゃないか。普通に石投げるのと変わらない気が。しかも冷たいときたものだ。

 ……やめてくれよ。

 まあ、いっか。


「ディアベルが来てないんだよね」

「あぁ、フウラさんですか、コードネームがディアベルでしたね」

「トカゲ車に乗ってくるってさ」

「竜車」

「トカゲじゃん」


 冷たい風が強く吹いた。

 空は青く澄み渡っていた。




      〇




 青く澄み渡った空の下。

 強い風が吹いた。

 冷たい風。

 女性はコートに口元までうずめて、小さくくしゃみをした。

 女性はディアベルと名乗っていた。

 一方御者の男、竜車に客を乗せて幾十年、この御者の男は乗せた客と会話を交わすことがひとつの楽しみであった。


「竜車は、やっぱり揺れが少なくていいわね、食事も楽しめるし」

「お客さん、それ、何食べてるんで?」


 竜車の御者が、後ろで食事を楽しむ女性に問うてみた。

 女性は大人しそうな雰囲気で、焦げ茶色のくせ毛を肩まで伸ばして。濁った青緑色の瞳が綺麗に輝いている。

 ベルベットのクラシカルなロングコートを着ていて、レザーのアタッシュケースを膝の上に置いて机代わりにしている。

 白い皿の上に何かの赤い肉塊が鎮座している、どう見ても生肉だ。そして、そんな生肉をナイフとフォークで上品に口に運ぶ様は美しく不気味だ。


「それ、何の肉ですかい?竜の肉とか言ったりしねぇでくだせぇよ」

「竜ね、トカゲの肉は不味そうだから食べないわ」

「そいつぁ、よかった。それで、それはなんの肉なんですかぇ?」

「人肉ね、人間の肉よ」

「……冗談がキツいですぜ」

「美味しいのに」


 少し残念そうに、また一口肉を口に運んだ。


「あっと、いけない」


 口から垂れた一筋の赤い液を、それまでの上品さが嘘のように慌てて袖で口を拭った。


「……そのカバンの中には、何が?」

「聞いたら、戻れないと思うけど、聞く?」

「やっぱり辞めておきやすかね」


 御者はそれ以上、後ろの女性と会話する気になれず、目的地まで会話が交わされることは無かった。

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