第五十八話『低温の平穏』
部屋が、暖かったせいで外がとんでもなく寒いということを忘れてしまっていた。
結果、扉を開けた瞬間、朝から凍死するかと思った訳だが。
「どうされました?頭でもぶつけましたか?私の部屋、天井が低いですものね」
「いや、確かに頭はぶつけましたけど、それより寒さの方がキツかったですね」
「しばらくすれば慣れますから」
そう言ってちょこっと紅茶が入ったティーカップを出してくれたメイドさん、安定的に床は紅茶まみれになっている。
時刻は午前8時を過ぎたあたり、僕とメイドさん。そして今ちょうど起きてきたらしい、ミミさんは椅子に座って大きくあくびをした。
「おはよぉ」
「寝癖すごいですね」
「ふぁぁあぅぁうあ」
「なんて?」
あくびをしながら何かを僕に伝えようとしているらしい、しかし彼女が何を伝えたいのか全く分からない。
片やミミさんの寝癖を直すべく、サッと後ろに回ってブラシで髪を梳くメイドさんの動きの自然なこと。
どうやら、それが彼女達の日常らしい。
朝はそんな感じで特に何事もなく、本棚に大量に並べられている小節などを読んで過ごした。
そして、モルも起きて朝食を食べ終わった頃。
「さて、仕事に行くか家で待機か、それとも観光に行くか」
「観光!」
「じゃあ、仕方なく仕事ではなく観光をすることにしましょうか」
幸いにも雪は降っておらず、青い空に小さな白い雲が浮かぶばかりだった。
地上は相変わらず真っ白に染まって、手に吐く息も白く彩られる。
「あ!雪だるまが!雪だるまが埋まってるっ!」
「山みたいになってますね」
まだかろうじて雪だるまとして機能している庭の雪だるまに「いってきまーす!」とモルが手を振って僕達は街に降りた。
去り際、雪だるまの首が落ちたのを見て、僕も小さく手を振っておいた。
〇
どうも、僕はラクーンっていいますっ!
ウェーブがかかった茶髪は自前、オッドアイで左が青で右が黄色なんですけどかっこいいんですよねっ!
さて!そんな僕ですが!今!捕まっていますっ!
「おいおい、久しぶりだなぁおい、元気そうでなによりだ」
「痛いです痛いですっ!あのっ!アリスさんっ!力強いんですからっ!」
首をがっちり腕で固定され、頭をぐりぐりされています。
こちらに向かっているのは知ってはいましたが、会った途端にこれなんだから困った人です。
「にしてもいい所だよな、ここに住みてえわ」
「ここ城ですよっ」
「城に住みたいってぇのは乙女の典型的な夢だろ」
「何言ってんだこのババアって感じですねっ」
「首へし折ろうかな」
「すみませんっ!つい本音痛いっ!痛い痛いっ折れますっ!多分綺麗にぽっきり折れますっ!」
ここは古城、そこそこ大きい。
しかし、その後ろに聳え立つさらに大きな聖堂が、この城の存在感を薄めている。
石造りの城は、同じく石造りの聖堂のせいで、遠くから見ると一体化して見える。
そしてそんな古城の中には機材とか武器とか弾薬とか、そういった物が沢山持ち込まれている。
もちろん、誰にも気付かれないように秘密裏に。
まだ時間はかかる、しかし教団の連中も例の物を見つけるのに相当手こずっているようだ。
その間に万全を期して、仕掛ける。
「何やってんの、ていうかカラスはどこいったん?」
「んあ、充電できるところないか探してどっかに行ったぜ」
「それはあれ?休憩する場所ってこと?」
「いや、物理的っていうか、うんと。まあ、言葉通り充電しに行ったわ、手袋を」
「あぁ、あれやね、手袋自体が暖かい手袋やな」
「知らねぇけどな」
アリスはラクーンを解放して、ゆっくり壁を背に座り込んだ。そして煙草を1本取り出し、何気なく天井を仰いだ。
「ここ禁煙やで」
「咥えるだけだよ」
結衣はアリスの隣に座り、どこから取り出したのかパックのりんごジュースに、ストローをさした。
アリスはそれを一瞥して、また高い石の天井を見上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます