第五十七話『プライド』

「んー?かっしぃなぁ」

「僕こんなところで、しかも車の中で過ごすなんてやだよ?」


 人が通ることは無いだろう山の道。

 薄く雪が積もり、枯れ木が並ぶ。

 カラスと口の悪い女を乗せた車は、そんな道の真ん中で停車していた。


「あたしゃ車とか詳しくねぇから、お前そういうの得意だろ、任せた」

「えぇ、僕が得意なのは修理じゃなくて造る方なんだけどなぁ」


 そう言いながらも渋々、車のボンネットを開けるカラス。

 口の悪い女はタバコに火を点けて、席に戻った。


「んー、別に壊れてる感じはしないけどなー」

「しっかり見ろよなー」


 そう言いながら、カラスの方を片目で見た。

 そして、口の悪い女は気がついた。


「んぁ、ガス欠だこれ」

「……誰がしっかり見ろだよ、おい」

「節穴節穴、目が風穴」

「風穴開けてあげようか。はぁ、替えはあるの」

「勿論、後ろに積んであるはず……」


 口の悪い女性は言いながら後ろを確認した。

 しかし、置いてあったはずのガソリンタンクが見当たらない。


「あれ、あたし持ってきたよな、赤いやつ、お前飲んだ?」

「雑食といえど、ガソリンはさすがにね」


 凍えるような風が吹き。

 カラスは身震いして、口の悪い女は車内を適当に物色し始めた。

 車内はそう広くない、途中で落とすはずもなく。すぐに見つかるはずだった。

 雪がまた降りはじめる前に、早く出発したい口の悪い女の漁り方もだんだん荒くなってきた頃。


「おやぁ?こんなところに人が来るなんて珍しいと思ったら、収容組の人達じゃあないですか?違います?そのカラス頭、見覚えがあるんですよねえ」


 道の真ん中に男がたった。

 白いネズミの被り物に、この仕事をしている人間なら見慣れているであろう黒装束を纏っている。

 カラスはボンネットを閉じ後ろの席においてあった短剣を、ゆっくりと歩み手に取った。


「アーロゲントプライド」

「ほいほい、ていうかコードネームで呼ばれるの慣れねえな」


 カラスに呼ばれた口の悪い女、アーロゲント・プライドは、カイザーナックルを拳にはめて伸びをした。

 カラスは短剣を弄び、ガラス越しに敵を見据えた。

 互いに相手が敵だと理解している。


「僕、1対1の戦闘は苦手なのになぁ」

「手伝おうか」

「大丈夫だと思う、多分弱いと思うし」

「慢心だな」

「それ程でも、あるね」


 そんな肯定の言葉と共に、カラスは爆発するような勢いで真っ直ぐ接近し短剣を振るった。

 ネズミの被り物をした男は右腕を切り落とされながらも、次の一撃を見定めてか剣を突き刺そうとしていた。


 しかし、それは悪手である。

 カラスは次の一振るいで相手を戦闘不能まで追い込もうとしていた、それを顧みず男は剣で突き刺すような体制をとっていた。

 男は刃を握っていない。


 カラスは短剣を振るう直前まで思考を巡らせていた、剣がないのに剣で刺すジェスチャーをするのには理由があるはずだと。こいつの頭がおかしいという可能性も十分にありうるが。

 ひとつ、恐れるべきは。


 ────不可視の剣。


 カラスは瀕死に追い込む事を諦め、すぐに相手の剣を防ぐ方針に切りかえて。


「っ!?!!」

「安っぽい短剣使ってやがんなあ」


 一瞬の判断が戦果を分ける。

 カラスは幸いにも、そういったことに長けている。

 カラスは彼の発明品の重力を操る手袋、プレッシャーコアを使い後ろに飛び返った。


「充電しとけばよかったかな」

「頑張れー、カラスちゃーん、骨は拾って出汁取ってやるよー、鶏がらスープって美味いよな」

「それなんだ?面白そうだなあ?手袋かぁ?」

「アイツっぽいね、ガソリン盗ったの。これ盗ってもいいけど使い方わからないでしょ」

「そうだよな、なら、もっと使ってくれよなあ、なあ?」

「やだね」


 カラスはポケットから取り出した試験管から緑の液体を胸の切り傷に雑にかけながら。

 カラスから盗った短剣を弄ぶ、ネズミの男を睨んだ。


「へぇ、そういう事なら、あたしの出番だな、適材適所が過ぎるぜ」

「あれ、なんかそういう特異性あるの?」

「お前、何回あたしと仕事してんだよ」

「聞いたことないね」


 女は煙草を口にくわえ、ライターで火を。

 どうやらつかなかったらしい、ライターをポケットに直し面倒そうに指先に火を点し、煙草に火をつけた。

 そしてカラスと入れ替わるように、男の前へ立った。


「ちっ、おいおいおいおいおい、女かよ、やめとけ、おもんねぇんだよなあ」

「おいおい、安心しな、強えぜ」

「あのなぁ、女の中で強いかもしれないけどなあ、女は男より弱いんだよなあ、適わねんだよなあ、なあ?頭も悪いのなあ」

「うぉう、言うね」


 女は、肩を鳴らして。ひとつ、聞いてみた。


「あたしの事、知ってるか?」

「知らねえなあ」

「じゃあ、それが敗因」


 女はただ走って、近付いて。

 ただ、殴り掛かった。


「俺は見たものなら何でも盗れるんだよなあ!」

「そうかよ」


 男は短剣を捨て、同じく殴り掛かるように構え。

 互いに、拳を交えて。


「あがっ」

「なあ、おい」


 そのまま地面に倒れ込んだネズミの顔を、踏んで、女は煙草をふかした。


「ガソリン、何処やった」

「言うわけ、ねえよ、なあ、なあ?」

「ふぅん、そういう態度ね。なあ、女は戦えねぇと思ってんのか?この時代に?頭腐ってんじゃねえのか」

「黙れよ、女のクセになあ!ふざけるなよな!くそっくそっくそっ!」

「んん、女も強えぜ、少なくとも、あたしはお前より強い」


 ネズミの被り物をした男は、必死に考えた。

 どうすれば、この状況を覆せるのか、目玉を忙しなく回して、この女の隙を血眼になって探した。


「あ!ガソリン発見!」


 カラスが白く化粧をした茂みから、ガソリンタンクをもってひょこっと顔を出した。

 女はそれを見遣ると。


「んじゃあ、用済みだな、あんた」

「ふざけ────。


 女は男の顔を思いっきり踏みつけ、煙草の吸殻を落とした。

「後ろに詰める?」とカラスがトランクを開いた。

 男は気絶している、置いていくのも一つの手だが、情報源としてお土産に持ち帰る方針になった。




      〇





「へぇ、ギルドカードじゃん、うわあ、足遅い」

「それどうすんだよ、さっきのやつのだろ」

「知ってる?個人情報とかって高く売れるよ」

「おっ?犯罪か?」

「売るとは言ってないね」


 走る車の中、助手席でダッシュボードに足を乗せて男から抜き取ったギルドカードを眺めていた。

 女はカラスに注意することを諦めていた。


「ていうかさ、お前、コードネームで呼ぶのさ、しんどくねえの?」

「なんで?」

「コードネームで呼ぶのお前くらいだぜ、長いしよ」

「なんて呼ばれてんのさ」

「みんな名前で呼んでる、アリスだよ、お前もそっちで呼べば?」

「じゃあそうするよ、コードネームの方が長いってね」


 カラスはポケットにギルドカードを仕舞い、嘴をクシクシと掻いた。


「それで、さっきなんで盗られなかったの?」

「え、それ本気で言ってたわけ?」

「うん」

「ほら、あれじゃん、私のモノは絶対に私のモノだからさ、誰にも奪えねぇわけ、服も内蔵も心も栄養分も、武器もな」

「ふーん、じゃあ、相性が最悪だったんだね、お気の毒にー!」


 カラスは後ろのトランクで気絶しているであろうネズミの被り物の男に慰みの言葉を送った。

 寂しい事に、返事が返ってくることは無かった。

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