第五十六話『雪国の冬』
「ふっくしょい!さ、さむい、手が、手が凍ってる」
「凍っては無いですよ、大丈夫です」
もう夕方、僕が時間に気づいて戻る頃には雪だるまは二十体を超えていて。
モルはガタガタと震えていた。
モルの手を握ってやり、手を温めてやってはいるが。
雪だるま職人の手は、手袋をしていても中々に冷たかった。
「志東さん、手袋に裏切られた」
「モル、逆ですよ、手袋もそこまで雪だるま作りに付き合わされると思っていなかったので、モルが騙した感じですよ」
「うなぁ」
それからメイドさんがやって来て、暖炉に火をつけてくれた。
夕食もメイドさんが振舞ってくれた、個人的にはローストビーフが1番美味しかったのだが、モルはリンゴパイを気に入ったようだった。
そして、そんな今日の夜。
僕がリビングで寝ていると、いつの間にやら帰ってきたらしいミミさんがコートを僕に脱ぎ捨てて。向かいの椅子に座った。
雪が滲んでいるコートの、これまた冷たい事。
僕はあくびをしながら、ミミさんに仕事の事を聞いてみることにした。
「調査の方は、どうでしたか」
「んぅ、連日色んな所で暴れ回ってたらしいけどぉ、ミミ達がこっちに向かってる数日の間と今日に限っては街に来てないんだってぇ」
「猫さんのオーラで逃げたとか」
「絶対にないとは言いきれないよぉ」
冗談のつもりで言ったのだが。
意外と的を得ているかもしれない。
まったく、迷惑な話だ。
「あ、そうだ」
「えぇ、なになにぃ、何かくれ…へぴゃっ」
ハリセンのことを思い出して、コートを投げ付けられた腹いせも兼ねて全力で振ってやった。
頭を押えて、痛そうな素振りはしているが。あくまで素振りだけだということはちゃんと分かっている。
「うわぁ、痛そう」
「加害者が言っちゃだめだよぉ」
まあ、そんなこんなで。
もう一人、気配を感じていて。モルはもう寝ただろうし、起きて来たとしてもすぐに部屋に入るだろう。しかしずっと部屋の前で待機している誰かが居る。
メイドさんの可能性もあるが、もしかすると敵だったり。するかもしれない。
「誰か、居ますよね」
「んぅ?あ!そぉだ!特別ゲストが来てるよぉ」
「特別ゲスト?」
誰だ。
猫さんだとか言わないで欲しいな、もしかするとこちらに向かっていると言っていたカラスか。
それとも、僕が全く知らない人物の可能性もある。
僕が扉の方をじっと見つめて、身構えていると。
扉が開いた。
「やあやあ、会えなくて寂しかったよ。志東くん」
「なんでまた、マリアナさんが」
「ばったり会ったから泊めることにしたんだよぉ、部屋も余ってるもんぅ」
まさか。
会えるとは思っていなかった。汽車の中でも見かけなかったし。というか、なんでマリアナさんが雪国に居るんだろう。
「暇だからね、君のもとへ来たよ」
「良かったねぇ、志東くんハーレムだよぉ」
「まともな人がいないのが悔やまれます」
「あ、あれぇ、ミミはぁ?」
「まともじゃないですよ」
「マトモってなんだろうね」
急にそんなセンチメンタルなトーンで言わないで欲しい。
まぁ、たしかにマトモってなんなんだと言われると、答え方に困るが。
「そうだね、けど、ほら、私を忘れてるんじゃないかな、ん?」
「マリアナさんも、まともじゃないですね」
「マトモってなんだろうね」
そのノリも、もしかして流行してたりするのかな。
「ルピーちゃんはぁ?」とミミさんの問い掛け、ルピーとは誰のことだろうかと考えていたのだが、どうやらメイドさんのことらしい。
「まとも、なんじゃないですかねぇ」
僕はハリセンを眺めながら、メイドとしてまともかどうかは別として。と心の中で呟いておいた。
厚紙で作っているあたり、底知れぬ何かを感じる。
「モルちゃんは、どうかな?」
「まともじゃないですよ」
「ふぅん、まあ、言ってる本人もまともじゃないんだけどね」
「まともって何でしょうね」
誰が決めたんでしょうね。
いや、全員が決めつけたんだな。きっと。
暖炉の火に薪をくべるミミさん、ガラス戸の前に立ち吹雪く外を眺めているマリアナ。僕はそんな二人を眺めながら、椅子のレザーに身を沈めた。
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