第五十話『群襲』
目覚めは快調。
机に突っ伏して寝たとは、思えないほどの心地よい起床。
「雪!すっごい!初めて見た!真っ白!」
「窓、開けないでくださいね」
「えー」
残念そうに窓の外を眺めていたが、雪国までの我慢だと慰めてやると、雪なんてどうでもよくなったように、今度は朝ご飯を要求してきた。
僕とモルはもふもふを施されたコートを着て、廊下に出た。
モルは外気の冷たさに驚き、部屋に飛び返ったが。僕が無理やり引っ張り出してきた。つい先日にも似たようなことがあったような気がする。
さて一悶着あったが、なにやら汽車の人たちの様子が変だった。
乗務員や客達が慌ただしく、前の車両に移動していたり、昨日の落ち着いた静けさが嘘のように人々が騒がしかったり。
やはり変だ。
まぁ、僕らはそれを他所にバーでカレーを何食わぬ顔で食べているわけだが。
「朝からカレーかよ」
「美味しいですよ」
「あ、あの時のおじさん」
「おじさんじゃなくて、お兄さんな」
言いながらヴァニタスさんが、僕の隣の席に腰かけた。
ヴァニタスさん以外にも、同業者の人達が乗務員と共に客を先導していた。
同業者の職員の中には特異性を持つ不思議の職員がちらほら見られた、しかしほとんどが決まった制服を着ている一般の職員だ。
一般の職員とは言っても、彼らも普段から命をかけて仕事をしているだけに、頼りになる。
ちなみに、特異性質を持つ不思議の職員のみに限って、服装は自由である。
「それで、なぜこんな事に?」
「危険だからな、一応客を前の車両に移動させてるんだが、思ったより大変だな」
「なぜ移動させてるのかを訊いてるんですけどね」
話が噛み合わないのは仕方がない、むしろ話が噛み合う同業者が居た方が珍しいときたものだ。
話が噛み合わないというか、論点がズレている。
いや、僕の言い方が少しアバウトすぎたか。
「梟から連絡があってな、フェンリルがこの汽車目掛けて群れで直進しているそうなんだ」
「フェンリルですか、それくらいなら問題ないんじゃないですかね」
汽車は、狼もどきの生き物より強い気がするのだが。
些か、杞憂が過ぎるのではないか。
「キシャァァァアッ!!!」
「えっ」
「おっとあぶねぇ」
突然、窓を突破ってフェンリルが中へ侵入しようとしてきた。ヴァニタスさんは頭を自前のリボルバーで撃ち抜いた。
流石の反射神経。
「え、今のフェンリルですか?」
「そうだぜぇ、しかも黒灰に群れごと感染してやがる」
たしかに、通常のフェンリルは白いのにも関わらず今襲ってきたフェンリルは黒かった。そして、何より手が、いや前足がおかしい。
通常のフェンリルはたしかに強靭な爪を有しているが、フェンリルには犬や猫のように可愛い肉球がある。
しかし今のフェンリルは人の頭を掴み潰せそうな程に大きな指があり、もちっとした肉球が見当たらなかった、それどころか爪と指の境界線が無く、指そのものが爪のようになっていた。
────どこかで悲鳴が上がった。
次々と窓が割られ、黒いフェンリルが押し入ろうとしてくる。フェンリルの前足で掴まれた車体は鋼鉄にも関わらずグニャリと変形していた。
「カレーおいしー」
「ですね」
「言ってる場合じゃねぇ」
言ってる場合じゃなかった。
違う車両も次々と襲われているらしく悲鳴が耳障りだ。
それにしても、また面倒くさいことになったようだ。
仕事場に向かう途中にも仕事をしなきゃいけないなんて。どれだけ仕事をさせる気なんだ。
「手伝え、行くぞ」
「給料増やしてもらいますよ、ちゃんと」
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