第五十一話『停滞』
「もふもふやなぁ」
「結衣さん、それ一応、死骸ですよ」
いつもは腰に巻いているジャンパーを着て、いつもと変わらないウォームアップのズボンを穿いている女性。
この前にも会った
「せやけど、もふもふやで?ほら生き物の死体をコートにしたりカーペットにしたりするやろ?あんま変なことやない思うんやけど」
「まぁ、たしかに?」
「それに、志東くんももふもふしてるやん」
「気持ちいですね、もふもふ」
まぁ、もふもふに罪はない。というか、感染しているフェンリルに触っても大丈夫なのだろうか。
あれ、気付いたらなんか相当やばいことしてないか。
「ほんとだー、もふもふー!」
「おぉ、1匹持って帰りてぇな」
モルとヴァニタスさんもフェンリルに手を伸ばし、フェンリルの毛並みを絶賛している。
感染した個体から、別の個体に感染するんじゃなかったっけ。結衣さんがあまりにも無防備にもふもふしていたので、考えていなかった。
考える暇がなかった。
「感染とか、大丈夫なんですかね」
「食べたりせんかぎり大丈夫やろ?志東くん、ちゃんと情報共有しいや?あ、志東くん情報共有できる友達おらんのか!」
「後で覚えててくださいね」
っと、目の前でまた侵入してきたフェンリルが錆びた斧によって頭を割られた。
「ここには常識がある奴は居ないっぽいですね」
そう愚痴をこぼしたのは、こちらも餓桜の件で会った、キャップ帽を深く被り、機動隊の弾丸をも通さない服を着ている若い男性。
「名前なんでしたっけ」
「この前頑なに俺の名前呼ばないと思ったら、忘れられてたのね」
そう言って肩を落とす若い男。名前はアブラナと言うらしい。
そして、こうして自己紹介を聞いている間もフェンリルは比較的後ろの車両の窓から押し入ってこようとしていた。
フェンリルが割った窓からは雪が打ち付けるように侵入し、車内の温度を急激に下げている。
「ほかの車両は大丈夫なんですかね!」
「え!なんて!聞こえない!」
フェンリルの死骸は溜まる一方で、入ってこようとするフェンリルの数は一向に減らない。
そして、雪も段々と強くなってきて、窓もほぼ全て割られた。吹き抜け状態だ。
前の車両から入ってくるフェンリルの数も増えてきたとの事で、現在一番後ろの車両でモルと二人きりでフェンリルを食い止めている。
また数で押し切られそうだ、最近は群れで行動するのが流行しているのだろうか。
「にゃあ!」
などと思案していると、扉が勢いよく開け放たれた。
そして、そこに立っていたのは、艶やかな梔色の長髪の赤い瞳を持つ猫系の獣人。
白いブラウスとオールインワン、そして上から僕らと同じくもふもふのコートを着込んでいた。
凛として冷たく、ふわふわしていて暖かい雰囲気だ。
「最悪」
「志東さん!誰か来た!あと寒い!雪って寒い!」
猫さんが来た。
できればこのまま会いたくは無かったのだが。
「作戦変更らしいにゃ!このまま後ろの三車両は私がぶっ飛ばすから早く前の車両に来るのにゃ!」
「……?」
ぶっ飛ばすとは。
いや、たぶん。そのまんまの意味だろうが……。
猫さんはそう言い残すと元来た前の車両へ駆けていった。
「モル!」
「なーに!」
猟銃で車窓から入ってこようとするフェンリルを押し返すモルを呼び、説明する時間もないと判断し手を引いて前の車両へ走った。
あの猫なら、待たずに僕らごと吹っ飛ばしかねない。
「コイツらどんなけいるんですかっ!」
「もふもふが沢山いる!」
違うそうじゃない。たしかに、すごいもふもふの量だが。
僕らはそんなもふもふのフェンリルを何とか掻い潜りながら、雪で視界の悪い中、前の車両へと急いだ。
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