第四十八話『雪国へ』
『約束』
不思議の一種。
互いの同意の上、小指を交わして約束を口にすると成立する。
これの方法で成立した約束を破った者は、死者へ変わる。
現在、この現象を回避する方法は不明。
約束がされている間、手首の裏に鍵型の痣が浮かび。約束が片方が放棄、もしくは果たされると痣は消える。
痣と約束を破った際の死傷との関係は、現在調査中。
〇
目が覚めると、ベッドが一定のリズムで揺れていた。
どうやら、汽車の個室のベッドらしい。二段ベットらしく、僕はどうやら一階で寝ていた。
ロココ調、いや、ヴィクトリアン調かな。
どちらにせよ、いい雰囲気だ。
個室は僕が寝ていた二段ベッドの他に、簡素な机と椅子、窓際には小物を置くスペースがあって木製の真空管ラジオが置かれている。
「おはよぉ、ミミの自己紹介はいらないよねぇー」
「とりあえず、一発ぶん殴っていいですかね、パンデミックさん」
さて、僕をここに誘拐してきた彼女。
コードネーム。パンデミック。
長い桃色の髪を二つに結っていて、目は布包帯でグルグルに巻かれている。
タクティカルジャケットを羽織り、ハーフパンツを穿いている。
「モルは…」
「不可色はミミは持ち上げれないから、モルちゃんが2階だよぉ」
「志東ですよ、名前」
確認してみると、モルはすやすや眠っていた。
溜息をつきながら、僕は窓の外に広がる真っ白な景色を見て、僕はまた溜息をついた。
「まぁ、もういいですよ、分かりました、仕事の内容を教えてください」
「やだよぉ、ミミ説明とか苦手だってばぁ!」
「ならどうしろと」
「二車両後ろのバーにいると思うよぉ、いってらっしゃぁーい」
「どっちが前ですか」
「あっちぃ」
そうパンデミックさん、もといミミさんは左の方を指さした。
誰が居るのだとか、そういう話はこの際、時間の無駄でしかない。
とりあえず、僕にできるのは。指先が示す方向へ、向かうことだけだった。
「廊下寒っ」
「そっちのリュックに防寒具とか入ってるのにぃ」
「先に言ってくださいよ」
もふもふが施されたコートとひとつ懐かしいものを見つけて、リュックからそれらを引っ張り出して、溜息をつきながら廊下を歩んだ。
ついた溜息は白く染った。
〇
バーに居たのは、スーツの様な狩装束とカウボーイハットのような帽子にダンディーな髭、ヒップフラスコを首に提げている男性。
さて、名前を出すのはこれが初めてかな。
彼のコードネームはヴァニタス。
「仕事が2つ」
「そうだ、二つに分かれてるんだ、雪国で同時に無視できねぇことが起きたみたいでよお?」
そんなこと、滅多にない。
あったとしても、多人数で解決するものじゃない。
「今回の件で色んなヤツらが集まってきてるぜ、ちなみにお前の仕事は街で暴れてる魔物退治だな」
「面倒臭いですね、ちなみにヴァニタスさんは」
「俺はお前らとは別件だ、教会に隠されてるある代物を探しに、教団のヤツらが大聖堂を占拠してるらしくてな」
そちらはそちらで、かなり面倒くさそうだ。お気の毒に。
けどまぁ、教団の連中に奇襲をかけるならそこそこの人数はいるわけだ。
もしかすると、バーに既に知り合いが居かもしれないと、椅子を回し眺めてみたものの、特段誰か知り合いがいる訳でもなく。
車両を隔てる扉から、2人入ってきた。
どうやら、バーにはようはなくただ通り過ぎるだけのようだったので気にする必要は無いと思いつつなんとはなしに顔を見てみた。
そして、後悔した。
居たのは少女。
僕は慌てて目を逸らし視線を前にやってメニュー表で顔を隠した、その反応を見てヴァニタスさんも後ろを見て、後悔したのか、すぐに前を向いてメニュー表で顔を隠した。
「なんで猫がいるんだよ、おい」
「知りませんよ、それに僕なにも聞かされてもいませんよ、なんですか今回そんなやばい任務なんですか」
「あれ、どっちだ、あの猫どっちの仕事だ」
僕はあの猫が自分と同じ任務ではないことを、ただ祈ることしかできなかった。
せめて知らなければ救いはあっただろうか、けれど後悔は先に立ってくれちゃいない。
幸いにもあの猫はもう1人居た同業者とお喋りに夢中だったようで、こちらに気付くことはなくそのまま次の車両へと移動した。
全く、心臓に悪いったらありゃしない。
「その、聞く気が失せたんですけど、けど聞いておかないとダメなんで、一応仕事の話もうちょっと話してください」
「お、おう」
もしかすると、今回は相当やばい仕事なのかもしれない。
そう思うと、やっぱり、僕ら雪国に嫌われているのかな、なんて考えながらヴァニタスさんの話を聞いて、車窓から見える雪景色を心の薬にした。
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