第四十二話『雪に遺る記憶』
木菜と言う苗字はあくまで呼び名である。
本当の苗字は〈
この名前は真名だ。別の言い方で忌み名。
真名には、その者の運命が刻まれている。
それを、変えることは何者にも決してできない。
それが神であろうと、猫であろうと、魔王であろうと。
〇
2年前。
冬。
正午。
雪国に、出稼ぎに来ていた。
雪国の冬は厳しいが、代わりに薪が沢山売れる。
けれど、後悔は先に立っていちゃくれない。
いつでも、後ろから手を掛けてくる。
場は地獄だった。
白かった景色が、炎や血にまみれ赤く変貌していき。人々の叫び声が吹雪の音よりもハッキリと耳に届いて。
どうやら抗争をしているらしい、黒い服の人達と、兵士のような格好をして見たことも無い武器を使う人達が殺しあっていて。
一般市民も、家畜も、何もかもを巻き込んで。
弟は、唯一の家族だった。物心ついた時から、一人で弟の世話をしていた。弟も、最近は仕事を率先して手伝ってくれるようになって。
ここで稼ぎ終わったら、夏の間、東の方の街で、平穏に暮らそうと約束していた。
弟は、隣に居た。
けれど、蝶が、一匹。その喋を眺める弟の頭上に止まって。
その時初めて、わたしは本当に人間が血を口から吐くのを知った。
何が起きたのか、分からなくて。弟に触れようと、とにかく、弟に触れたくて、手を繋ぎたくて。温もりを確かめたくて。
手を伸ばした。
けれど、私は弟に触れる前に、頬に傷のある、青い髪の青年に抱きかかえられて、その場を、弟のそばを、あっという間に離れてしまった。
そこまでを覚えている。
一体どれほどの間眠っていたのか。
頭、それどころか体にのしかかる重いそれを押しのけて辺りを見渡した。
吹雪が吹き荒れていた。
体は血まみれで、少し、暖かかった。
私が押しのけたのはどうやら、誰かの亡骸らしかった。
それから。私は吹雪の中を進んだ。
吹雪は勢いを増して、遠くで轟音がした。
わたしは、音のする方へ歩いた。
〇
私は見た。
死体が積み上げられて、山の様になっているのを。
私は見た。
知っているお店や建物が黒くなって、崩れて、雪に埋もれているのを。
私は見た。
頬に傷のある、私を蝶から離した人が、診療所を壊して、辺りの人を殺して、兵士たちに武器を向けられているのを。
薄い紫色の髪の誰かを、その人が抱えていたのを。
私は見た。
誰かの名前らしい、言葉を、必死に呟きながら、瓦礫を掻き分ける
私は見た。
吹雪の中、空を見上げて哄笑する桃色髪の誰かを。
私は見た。
黒い髪の誰かと、黒い鳥の被り物をした誰かが、小指を交わしていたのを。
たくさんのものを見た。
けれど、どうでもよかった。
わたしは。
弟を探して。
吹雪の中歩き続けた。
雪は勢いを増す一方だった。
〇
暗憑。
弱々しい光が闇に飲まれていく様な暗い月が。
本能のままに喰らいつき、憎しみを滾らせる厭悪が。
その名に刻まれた運命を知った。
〈命を以って復讐を貫徹す〉
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