第四十一話『燃えるシチュエーション』

 どうやら成体(大きいのでそう仮定しよう)はガソリンを撒き散らしたり、自爆をしたりはしないようだった。

 こんな大きさの怪鳥に自爆でもされちゃあ、たまったもんじゃない。


 さて、僕は次どう動けばいいか分かっていた。

 いつまでもこの体勢でいられない。


「ぶなっ」


 体勢を建て直してすぐに後ろに下がった、直後に怪鳥がその大きなクチバシで僕のいたところに大穴を開けた。

 1歩遅ければ串刺しに、否、多分ぺちゃんこに潰されていただろう。


「志東くん、どうする〜?」

「狩りましょう、今日で仕事終わらしたいんで」

「いい心がけだね〜」


 僕は猟銃を構え、なひゆさんもクロスボウを撫で、モルは怪鳥に突っ込んだ。

 突っ込んだ?


「焼き鳥にしてやるー!」

「うおおぉぉい!」


 剣で正面から斬りかかりに行ったモルは後で叱ると心に決めて、なひゆさんと共にモルの援護に徹することに決まった。今。




       〇




 モルの剣がいまいち通らない。

 そして、怪鳥を撃ち続けてあることに気がついた。なひゆさんもどうやら気づいているようで。


「目、守ってるね」

「集中的に狙いましょうか」


 どうやら目を攻撃されたくないようで、モルに切りつけられているのにも構わず翼で目を守るのだ。

 そして、翼をはためかせ鉄片を弾丸の如く飛ばしてくる。防ぐことは出来るが、避けることは出来ない。

 非常に厄介だ。


 モルが前衛で戦って、僕達はスキをついて怪鳥の赤いランプの目に一撃を加えればよかったのだが。

 子怪鳥(ガソリンを撒き散らし、自爆する方の見慣れた怪鳥)も飛んできてなひゆさんがそちらの対処に追われている。


 一人で周りの子怪鳥をモルに被害が及ぶ前に仕留め続けるなひゆさんの技量、大きな怪鳥とは打って変わって小さな体にもかかわらず攻撃の手を休めないモル。


 僕がするべきは策を弄する事。

 この中じゃ、1番戦闘においては役立たずなのが僕だ。

 逃げるのなら得意だが。

 策士策に溺れぬよう頑張る。


 さて、やつの弱点を考えよう。

 一応、目が弱点なのは何となくわかったが。


「ちっ」


 モルがやつの足をようやくの思いで切断、したと同時に目を狙って発砲したもののやはり目だけは死守した。

 別の弱点を探そう。

 やつはまず何なのか、機械なのだとすれば水をかければ壊れるだろうか。


 あの大きさの機械を壊すならそれなりの水はいるだろう、けどそんな水、持ち合わせていない。

 なひゆさんなら魔法を使えるだろうが、精々コップ一杯分が限界だろう。それが普通だ。

 ちなみに僕は一滴も出すことは出来ない、魔学音痴でね。


 そもそも、あれは機械なのか。奇怪なことには間違いないが、機械なんて理屈的なものなのだろうか。

 理屈じゃ説明できないものを、僕は今まで沢山見てきた。


 なら、ひとつ考え方を変えてみよう。

 あれは鉄の塊だ。さてどうする?水で錆びさせるか、その逆、紅蓮の劫火で溶かしてやるか。

 鉄が溶ける温度は確か1500度くらいだったか、魔法で炎は起こせるか。


 けど、せいぜい起こせたとして焚き火に役立つ程度。

 くそ、ちゃんと魔学も勉強していればよかった。


「志東くん!矢の数も長く持たなそう!」


 子怪鳥は増える一方だ、なひゆさんが近づく前に全ての子怪鳥を退治しているおかげでガソリンは一切こちらにかかっていない。

 矢が尽きれば、まずいことになる。そもそも、ガソリンを巻き込んだ自爆の威力が普通のガソリンの爆発の威力じゃない。威力が強すぎる。


 そうか、思いついた。逆になんで思いつかなかった?

 そうだ、魔学なんて使わなくたって、問題ないじゃないか。

 いや、使わないとリスクが高すぎるか、僕の技量じゃ避けきれない可能性もある。


「なひゆさん、魔法とかって使えますか」

「まあ、志東くんよりは〜」

「火、起こせます?」

「できるって言っても、そんな大きな火は無理だよ〜?」

「問題ありません、火をつけれるんならOKです」


 僕は大きな怪鳥と戦うモルに向き直って「モル!一旦戻ってきてください!」

 僕の指示が届いたモルは怪鳥の頭にドロップキックを食らわせ、そのまま高く飛びストンと僕の隣に立った。

 蹴りがそこそこ効いたようだ、怪鳥はグラグラと揺れている。


「僕が子怪鳥を引きつけるので、モルはここにいて僕が連れて来た怪鳥を切ってください、なひゆさんは大きい怪鳥の牽制を」

「おけけ〜」

「わかった!任せて!」


 さあ、今夜のダンスの相手は、ほんの少しガソリン臭いぞ。

 夜じゃないけどね。




     〇




 僕は、この中じゃ戦闘において最も雑魚ではあるが、逃げることに関しては、右に出る者はいない。

 ガソリンを撒き散らしながら僕を追う子怪鳥、しかしながら距離を取っていれば彼らは自爆しない。

 ガソリンはきっと魔力コーティングされたものだろう、魔力でコーティングされているものは発砲なんてものじゃ火がつかない。そこは安心できる。

 純粋なガソリンなんてもの、もうここ何十年も見れていない。それだけ貴重なものになってしまったのだ。


 それはそうとして僕は大きな怪鳥の身体を使い、上手く飛び回っているが、親怪鳥はそれがどうやら気に食わないらしく、僕を振り落とそうとその巨体で狂態を演じる。


「どうぞ」

「三匹同時はちょっと難しいけど!」


 なんてモルは言っているが、二匹の首を一振で掻っ切り、残り一体を流れるように串刺した。

 本来ならば、近付いて戦わなければならないモルとは相性が悪いのだが、今のを見て分かるように。戦うと表現するより、それこそ正しく僕達の元来の仕事内容と同じく、処理していると表現するべきだ。


 鉄の溶ける温度が1500度で、鉄が柔らかくなる温度が1000度くらいだったはずだ。

 どれだけ硬いものでも、弱点があり、やがては何らかの形で折れる。

 それがどれだけ固い意思だとしても、より固い意思によって砕かれる。

 そういった場合はやはり、柔軟性なんてものも必要なのだろう。固すぎる意志は使い道が少ない。


 どちらの方がいいかなんて、僕には到底判りかねるが。

 そういえば、こんな話を思い出した。


 ある武士が、罪を犯した使用人を処刑しようとした。 処刑される男は必死で命乞いをしたが、許されないとわかると、『俺を殺せばお前たちを呪ってやる』とその武士を脅した。

 それを聞いた武士が『もし私たちを呪うというのなら、首を落とされても目の前の石に噛み付いて怨みのほどを見せてみよ』と罪人を挑発した。


『きっと噛み付いて恨みを示してやる』と使用人

は答える。

 そして武士の刀が使用人の首を落とした瞬間、その生首は庭石にしっかりと噛み付いた。

 しかしながら、その武士が呪われることは無かった。

 武士が言うには『怨霊となって人を呪おうとするには強い死に際の怨みが必要だが、あの罪人は私の挑発に乗って石に噛り付くことのみを念じて死んだ、私を呪うことは出来ないだろう』との事らしい。


 少し話がズレてしまったが、まあそういう事だ。

 目的がズレない程度に固く、目的を見失わない程度に柔軟に、ということなのかもしれない。


 ちなみに、こんな話を思っている間も必死に跳ね回っていることをお忘れなく。

 さて、そろそろかな。


「なひゆさん!」

「うん!《ファイア》!」


 そんな定文をなひゆさんは詠唱し、火の玉が発生した。大きさは野球ボールくらいだ。

 こんな火を見れば、魔学者達はこぞってこんなものでは豚も殺せまい。と言うのだろうが。


 果たして滴る親怪鳥の身体に、火の玉が着弾し。

 親怪鳥は、轟々と紅く燃え上がった。




      〇



 そういえば、ガソリンって燃えたんだっけなぁ。なんて、爆発は魔法で起こすみたいな先入観のある最近ならではのセリフは口に出すまい。

 直接、子怪鳥の爆発を当てた方が威力も高いのだろうが、スレスレでそれを避けるのは、いくら逃げのプロだと豪語している僕でも無理だ。


 無理というか、はっきり言うと怖い、それにスレスレで避けるなんてことは出来ない、奴らの爆発は自身の身体を構成している鉄屑までもを凶器として撒き散らすのだから。

 スレスレも何も無い。


「くそっ!あいつ!」

「志東くん!どうするの!?」


 まさか、火だるまになってまで目を守るとは。

 どれだけ目が大切なんだよ、そんなに目が大切ならちゃんと普段から労わっておけよ、目が赤くなってるじゃないか。

 どうしたものか、何とかできたと思ったんだけどなぁ。


「志東さん、構えてて」

「モル?」


 モルはそう言い残して地面を蹴り飛躍した。剣を右後ろに大袈裟に引くようにして構えて。

 屈託の無い笑みを浮かべた。


 こわ。

 親怪鳥も僕と同じことを思ったのか、自身の大きな翼で自らを覆うようにして身を守る体制になった。

 モルの刃が通らなかった鉄装甲の翼。塵も積もりば何とやら。


 しかし、今は違う。

 鳥は紅く染まっている、今なら、モルが負けるはずがない。


「衝動!焼き鳥切りー!!!!」

「……焼き鳥?」


 間違ってはないか。

 いや、そういう問題じゃない。衝動技?

 使えるの知らなかったよ。

 ともあれ親怪鳥を堅守していた翼を、モルは斜めに切断した。


 ガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャ────と親怪鳥は、叫喚するような金属音を上げた。


 一流の狩人はこの隙をの決して逃さない、しかしながら三流どころか流れてすらいないのが僕。

 流される間もなく、深く沈んでいる。


 もう少し衝動技の名前どうにかならなかったかな、なんて考えて目の前のチャンスを危うく逃すところだった。

 されどそれに気づくのが早かった僕は、なひゆさんとほぼ同時に引き金を引いた。


「モルちゃんって、凄いね」

「ですね」


 様々な意味で温度差があり過ぎる会話をなひゆさんと交わして。

 赤いランプ──怪鳥の目玉を銀の矢と鉛玉が破摧するのを見届けた。




      〇




「衝動技、使えたんですね」

「すごいでしょ」

「うん、けど名前をもうちょっと考えて、もっと練習すればもっと良くなると思うよ〜」


 親怪鳥は、目を破壊されたあと子怪鳥と同じように形を失い。ただの鉄屑へと還元された。


「じゃあ、タワーの下に早く行きますよ」

「えぇ〜、大きいの倒したし、タワーも近くで見れたからもういーでしょ〜?」

「けど、せっかくここまで来たんですし」


 そうなひゆさんを諭しながら、タワーの方を眺めた。

 そろそろ暗くなり始めているし、やっぱりそろそろ帰ってもいいかな。なんてぼんやり思ってみたりもした。

 けど、僕は仕事をきちんと終わらせる義務がある。そういう所をちゃんと守ってこそ一流だ。


 タワーの赤いランプは、相変わらず眩しいほどに点滅していて、びっしり敷きつめられているように見える。


 見えたっけ。

 こんなびっしり、赤いランプ。

 上空をガラガラと、鳥達が舞っている。


 ……。


「まぁ、ほぼやることはやったんで、任務完了ということで」

「珍しく、物分りがい〜ね〜」

「志東さん、帰りになにか買ってー」


 まぁ、レポートに書くには十分な情報は手に入ったし。

 任務完了。

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