第三十九話『悪夢を見るのは寝るからだ』

 獣人の起源は、大昔の、遺伝子操作の実験の被害者だと言える。

 猿と人のハイブリッド生命体を作ろうとした化学者が居た、彼はこの実験に成功したものの。

 倫理的観点から、この実験を中止しその胚を壊した。


 斯くして、その化学者は人間が立ち入ってはならない神域の手前で思いとどまった訳だが。

 されど、その技術と事実は残り続ける。

 そして、踏みとどまれない、頭のネジが外れた者もいる。


 猿が成功すれば、次は違う生き物だ。様々な生き物のハイブリッドが造られた。

 どれもこれも、人間が生み出しただけの紛い物、繁殖能力が低く、数が減ることこそなかったが増えることも無く。


 現状にある。


「それって、なひゆさんや梟さんとかですか?」

「たぶん、なひゆさんと梟さんの祖先、くらいに当たるんじゃないですかね」


 午前。相も変わらず外は暗い。

 けれど、昨日のことを思うと、かなり明るく感じれる。

 珍しく早く起きて、木菜さんとの朝食。

 いつの間にやら獣人の起源の話に。


「難しい話ですね」と木菜さんが頬杖をついた。

「獣人の差別って最近なくなってきてますけどね、微妙なところですよ」


 僕はカリカリに焼かれたベーコンを口に運んで、木菜さんを見るでもなくぼんやりと眺めた。

 特にそれに意図はなかったのだが、木菜さんは僕に見られているのに気づくと反対の手で頬杖をつき直した。


「呼んだ〜?」


 と、なひゆさんがお盆に僕と同じベーコンの定食を乗せてひょこっと現れた。

 朝は自分で運ばないといけないシステム、面倒くさい。

 朝は自分で動けとな。


「呼んではないですけど」

「あっそ〜」

「不機嫌ですね」

「夢見が悪かったから、志東くんのせい〜」

「理不尽」


 夢に僕が出てきてなにかしたのだろうか、だとしても理不尽だと思う。

 僕となひゆさんのやり取りを見て、木菜さんは苦笑した。


「じゃあ、僕は先に行きますね、なひゆさんと志東さんも頑張ってください」

「ありがとうございます、気をつけて」

「このベーコン焼きすぎ」


 木菜さんは行ってしまい、隣でベーコンに文句を言っている不機嫌ななひゆさんと二人きりになった。こういう時に限ってモルが来ない、モルはいったい何をしているんだろう

 寝ているんだろうな。

 それも気持ちよさそうに、幸せな夢を見ているんだろう。


「仕事、早く終わらせようね、雪国の方に早く行かなきゃいけないみたいだし」

「雪国ですか……」

「うん、私は行きたくないんだけどね〜、嫌な思い出しかないし」


 嫌な思い出、なんのことを言っているのか、わかる人物は少ないと思う。

 僕は、知っているが。モルや木菜さんは知らないはずだ。

 あの事件にはかなりの数の人が関わっているが、大抵生きてはいない。あの事件で何人もが死んだ。過去にあれほどに最悪な仕事はなかったように思う。


 話が暗い方向へ向かいそうだったので軌道修正をすることにした、暗いのはもうコリゴリだ。


「とりあえず、ぱぱっとレポートだけ書いちゃいましょう」

「最低でも、タワーの真下までは行って調査しないとね〜」


 あそこのタワー、出来れば近づきたくないのだけれど。

 調べないと、何か言われそうだし。仕方ない。

 こんな、平和な仕事で済むのなら万々歳だ。

 雪国の仕事には、巻き込まれないように祈るのみだ。

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