第三十八話『思い出、良心』

 なひゆこと、有奈ありな 陽哀ひあいは、人間パラノイヴである。

 それも、獣人ウルフ強制蘇兵リブートの異常性をふたつ保有している。


 18歳、女性。

 性格に難有り。

 14歳から就任。

 クロギリをなひゆのパートナーに、任命。


 16歳時。

 パートナーのクロギリに多大な損傷、クロギリが重篤状態へ陥いった。

 強制蘇兵の影響とみて、仕事の休止、実験に移行し能力の経過を詳しく調査する方針へ。


 改正。

『強制蘇兵』

 特異性を持つ本人のみに可能な手法で、絶命していない生き物を、本来の行動が可能になるレベルまで回復させる。

 この処置を同じ人物に繰り返し行うことで────を引き起こす。

 ────が引き起こされるまでの回数にはばらつきがある。


 大きな怪我をおったものに処置を施した場合、────が引き起こされるまでの回数が減少。

 小さな怪我の場合、引き起こされるまでの回数が、上昇した。

 怪我の程度と────が引き起こされるまでの回数は反比例の関係にある可能性が大きい。


 ────を引き起こした被験者にさらに強制蘇兵の処置を行ったところ、被験者の容態は回復へ向かった


 ────────────────────。

 ───────────────────。

 ────────────────。

 ────────────────────。

 ────────────。


 ────。



 ────を引き起こした被験者への、強制蘇兵による処置を禁止する。

 ────を引き起こした被験者の全てを速やかに殺処分するように。



      〇



 2年前。

 冬。

 正午。

 


「ごめん」


 病室。

 眠っている頬に傷のある暗い青色の髪の青年に、薄紫色の髪の少女がそう言葉を零した。

 青年を見ていると感情が溢れてきて、溢れ出した感情は小さな器では収まりきらずに。零れてしまう。


 病室は暗い、外は轟々と吹雪いている。

 病室は2人きり、猛吹雪により魔力が乱れ、安く古い電球はまともに明かりもつかない。


「助けるための、力だと思ってたのに……」


 本当なら、今すぐにでも、生き返らせたい。

 彼の眼を覚まさせてあげたい。

 彼の声を聞きたい。


 自分にはその力がある。

 けれどその力のせいで。


「どうして、……また」


 力は使えない。

 彼の眼を覚まさせることは、できない。

 仮に起こしたとして、それはもう彼ではなくなってしまう。

 彼の姿をした、別の何かを。生み出してしまう。


 でも、それでも。

 もう一度、彼の声を聞きたい。

 彼の青い目を見たい。

 彼に呼ばれたい。

 彼と約束をしたい。

 彼の頬の傷にわざと触れて、また彼に嫌そうな顔をされたい。

 それでも彼は私を最後まで好きと言ってくれたのだから。


 もう一度、たった一度会えるのなら。

 わたしは、今度こそ。


「くろぎり……」


 昔から。

 この力は私の敵だった。


 この力のせいで、1人だった。

 みんな気味悪がった。

 私から家族も、居場所も奪って。


 けど、それでも。

 戦場で何度も傷つく彼を、救えたから。

 この力も、誰かの。

 貴方のために、使えたから。


 それなのに。

 また。

 まだ。

 わたしから、大切なものを。

 生きる意味を。

 奪うのか。


 この力は。

 私の力は。


 この呪いは。

 私の呪いは。


「わたしは……」


 彼の手を取った。

 手は、雪のように冷たかった。

 けれど彼は、まだ生きている。

 その事実が、また。感情を溢れさせて。


「……起きて、くろぎり」




 吹雪が、一層勢いを増して。

 心の凍える音がした。


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