第三十五話『静かな夜』
「志東さんも行ってみるといいですよ、世界最大規模のカジノ街、いやあれはもうカジノ大国です」
「いつか行ってみますかね」
宿の部屋で、木菜くん……木菜ちゃん?木菜さんと2人で晩飯を食べている。
呼び方を改める必要があったのは、つい先程。木菜さんが雨に降られ帰ってきた時のこと。
濡れて肌にピッタリと密着する木菜くんの服が、そのふくよかな胸と女性ならではの腰のくびれを、はっきりと強調させていて。
土下座した。
まぁ、そういう訳だ。
部屋は変えようかと話を持ちかけたものの、部屋を変えるのにもお金が必要らしく、木菜くんが自ら断った。
良い子だ。
「あ、これ使います?」
「?」
食欲がないのか箸の進みが遅い木菜さんに、例の売店で買ったグッズを取り出してみる。
完璧密封パック、1枚300円。高い、高すぎる、しかしながら、名の通り完璧に密封してくれる。
「これ、何に使えば」
「食べきれない分をそれに詰めて、食べたい時に食べるんですよ」
「あぁ、なるほど?あの、今その、お腹すいてるんで、遠慮しておきますね?」
「返さなくてもいいですよ、どうぞ、またいつか食べきれなかった分を詰めるために」
「……、ありがとうございます」
そのまま受け取って、どこに直そうか迷ったのか困ったような表情を見せた木菜さん。
結局ポケットに落ち着いたようだが。
笑い方がどことなくぎこちない、宿の人が作ってくれた料理を残すまいと無理をしているのかもしれない。
うん、良い子だ。
「なにか、話の話題ありますか」
「えっと、朝のニュースの話とかどうですか?」
そういえば、今日はニュースとか見てないな。
宿の布団がふかふかなのが原因なのか、この街の暗さが原因なのか。この街に来てから、とてもよく眠れる。
「そうですか、じゃあほかの話にしますか?」
「いえ、ニュースの話でいいですよ、どんなニュースがありました?」
僕は聞きながらカンテラとマッチを用意し、コートを羽織った。
季節の事もあるのかもしれないがこの街の夜は、特に冷え込む。
「あれ?どこかに?」
「夜の散歩に行こうかと、もちろんニュースを聞いてからですよ、それとも聞きながらでもいいですが」
「いえ、俺は志東さんが行ったら寝ますね」
それから木菜さんは大きく欠伸をして、ストンとベッドに腰かけた。
なにかを言おうとしてか、木菜さんは天井を見つめている。特に何か、ある訳でもないだろうが。
時計の音が、やけに大きく聞こえて落ち着かない。
「師匠に会ったら早く帰ってくるように行っておいてください」
「わかりました」
「あと、これどうぞ」
「これは」
「時計です、さっきのお礼とでも思って受けってください」
腕時計だ、シンプルな腕時計。
アナログの、針で指す時計。
それ以外に機能のない、純粋な時計。
「あ、そういえばニュースは」
「雪国の方で村の一角が魔物に荒らされたそうです、あと激安プリンの品切れが相次いでいるとか」
「どうも」
木菜さんがベッドに寝転がるのを見やり、僕は部屋の明かりを消して、カンテラを持って、部屋を出た。
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