第三十四話『雨』

「おはよ〜、ほら、薬ぶっかけてあげる〜」


 なひゆさんに手を引っ張り上半身を起こされ、試験管に入った緑の少しドロっとした液体を頭からかけられた。


 風が当たるだけで、皮膚が痛む。

 液体はそれを、嘘のように無くしてくれる。

 この薬液は貴重だ、なぜなひゆさんがもっているのか。

 この薬液、かければ大抵の外傷は治る。病気は飲んでも治らないが、骨折なら時間はかかるが治せる。


 しかし、もちろん欠点はあり。完全に治癒するのに時間がかかるのだ。見た目は完璧、それどころか痛みも引くのだが。それによって回復した皮膚や骨は脆くなってしまう。

 時間が経てば、本来の硬さに戻るため、それまで安静にしていれば問題は無い。

 つまり、すごいお薬なのだ。


 確認すると、手は赤く爛れており。身体に刺し傷の様なものがあちこちにある。ちゃんと治ってくれるだろうか。


「わたしが居てよかったね〜」

「そういえばなぜここに」

「そりゃあ、志東くんたちが言った場所が爆発したら〜、行くでしょ」

「ですよね」


 なひゆさんが居て、本当に良かった。

 なひゆさんは死んでいない人なら蘇生できるという言葉の怪しい特徴の持ち主だ。

 瀕死の状態から独自の方法で、話したり動けたりする状態まで回復させることが出来る。

 しかし、その方法は誰にも真似はできない。これぞ、不思議。


 ちなみに、痛みは軽減されるものの完治するわけでは無いため、直ぐに適切な処置を受けて安静にしていないとあとが大変らしい。


「ぼく、刺されました?」

「うん、そこら辺の鉄が刺さってたよ〜」


 僕は辺りのスクラップを見渡して、刺傷へ入念に薬液を塗り込んだ。

 焼けた上に刺されるなんて、たまったもんじゃない。

 泣きっ面に蜂とはこの事かね。


「焼きっ面に鉄ってね」

「ぶん殴りますよ」


 なひゆさんへの感謝も忘れないが、憎悪も忘れない、律儀なのが僕だ。

 傷はあらかた癒えた、今気づいたがなひゆさん。僕が買った鼻栓をしているようだ。気づかなかった、つまり良品ということか。

 不意に、なひゆさんとパッと目が合った。


「で、なにゆえの爆発〜?」

「さあ、僕もよくわかってないんですけど、多分鳥が自爆しやがりましたね、そういえばモルは?」

「もちろん、君より先に治療済み〜」


 ガラガラと、遠くで音が鳴っている。

 タワー方面で、黒い波が見えた。

 黒く見えるそれらが、また黒い煙に覆われた空をグルグルと泳いでいた。


 ポツリ、と。

 頬に、冷たい感触が落ちてきた。



      〇



「酷い雨だなぁ」


 降りしきる雨の中、木菜と梟は近くにあった墓参者の為の簡易的な休憩所で雨をしのいでいた。

 休憩所は古びた頼りない木の柱に布を重ね屋根として使用している。とても広い空間じゃないが、雨を凌ぐには申し分ない。


「師匠大丈夫かなぁ、錆びたりしないかなぁ」

「……ここら辺のこと、詳しい?」

「え?あ、まぁ、一応ここで生まれ育ったので」

「…そ」


 いまいち梟さんとの会話が続かない、どうしたらいいのだろうか。

 以前あった時も、こんな感じだったような。


 篠突く雨は強くなるばかりで止みそうにない、景色は白く濁り何も見えないような状況。雨粒は大きく、水溜まりを激しく打っている。


「ここの墓地、昔はもう少し整備されてたんですよ」

「ふーん」


 梟さんは空を見つめるばかりで、心ここに在らずといった感じだ。

 そんな格好で、風邪をひいたりしないのだろうか。


 久しぶりに帰ってきたので、少し弟に会いたくなって、師匠と別れ梟さんは何故かついてきて、結局2人でここを訪れることになった。

 そしてこの雨。


「昔からこうなんですよね、常に曇ってるからいつ雨が降るか分かったもんじゃない」

「家族が、居る時も?」

「んー、それは、昔からそうなのかっていう質問です?もしそうなのだとするなら、答えはイエスです」

「うん」

「家族と言っても、物心ついた時にはもう弟しかいなくて、俺が面倒見てたんですよ、面倒見がよかったんです昔から」


 梟さんが、ようやく会話を広げようとしてくれて嬉しさのあまり少し余計な話まで付けてしまった。


「2年前、大量殺人があったんですよ、町の鱗粉が原因だなんて、当時は誰も信じませんでしたよ」

「数日前」

「それとはまた違う事件です、まあ犯人は同一人物でしょうがね」


 雨は、轟々と上がる煙の音もかき消して、降り続ける。

 雨は嫌いじゃないが、濡れるのは好きじゃない。


「その、こっち見ないでくださいね、今びひょびしょなんで」

「ん」


 彼女は依然として、空を眺め続けている。

 空に何か、見えるのだろうか。


「過ぎたことは、忘れた方がいいよ」


 ふと、初めて彼女は質問ではなく、自身の思いを明言したかと思うと。

 未だ止まない雨の降る外へ向け、ライフルを構えた。

 僕は動揺して、とりあえず銃口の先を、僕は視界の利かない中注視した。

 よく見ると、人影が揺れている。


「オイ、待テ、短機関銃ヲコッチニムケルジャナイ、ヤメロ」


 僕も思わず身構えてしまったが、傘を差したその人────その機械を見て、声を聞いて安堵のため息を着いた。


「あれ、短機関銃?サブマシンガンのことですよね?あれ、梟さんが持ってるのってライフルのはずじゃ?」


 武器系統に詳しい師匠の揚げ足を取ろうと、ここぞとばかりに饒舌じょうぜつになった僕が梟さんの方を見遣ると。


「あれ」

「ん」


 なんか、小さい。

 そういえば、そうか。

 梟さんの小さなからだで支えなしにあの大きなライフルを構えれるはずもない。


「ん、これ、外せば、サブ成る」


 説明しながら、梟さんは外して背のホルスターに収めていたパーツを見せてくれた。


「はえぇ、便利ですね、それにかっこいい、どこで買いました?」

「カラス」


 その名前の人、よく聞くが、今に至るまで会ったことがない。

 いつか、会ってみたいな。


「帰ルゾ、雨天中止」


 師匠が差している傘とはまた違う傘を二本、俺たちに差し出してくれた。


「その武器後で見せてくれます?」

「ん」


 降り続ける雨の中。

 靴に水が染み込む感触を不快に思いながら、暗い街を歩いた。

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