第三十二話『燃』

「サテ、教エテ貰エルカナ」

「その前にさ、どうして不可色もこの街に居るのか、教えて貰えるかな」


 様々な雑貨が商品棚に並べられ、蛍光灯が時々チカチカと店内を照らしていた。

 今は看板はと提げられているが、裏を返せばOPENおーぷんと書かれている。

 そして希望に満ち溢れた、否、希望そのものである少年は苛立っていた。情報を貰いに来た機械にとって、それは不都合だ。


「連レテキタンジャナイ、カッテニツイテキヤガッタンダ、今回ノトハ別件ダ」

「別にいいけどさあ、ああいうのとはなるべく関わりたくないんだよね、何も無い君たちとは違って僕には愛もいるしさ」

「スマナイナ」


 彼には希望がある、と表記した方が正しいだろうが。

 何も無い者より、そちらの方が辛く苦しいだろうと、鼓動の鳴らない機械はそう思った。


「ソレデ、ワザワザ俺ヲ呼ビダシタンダ、相当ナ情報ナンダロウナ」

「もちろん、マダラについての情報だよ、とっておきのね」

「ナンダ、ヤツノ居場所デモ突キ詰メタノカ」


 機械は皮肉を言った。

 しかし機械の言葉は、感情を表現するのには向いていない。

 その皮肉が、伝わらない事も多々ある。


「そんな言い方しないでよ、すっごくいい情報なんだからさ、お茶飲む?」


 彼には、希望しかない少年にはどんな言い方に聞こえたのだろうか。


「飲メン」

「じゃあ、ガソリン飲む?」

「遠慮シテオク」

「残念」


 少年は戸棚から取り出したマグカップにコーヒーを淹れ、角砂糖を6つばかり入れた。

 金のスプーンで混ぜられたコーヒーは、トロリとしていて、蛍光灯に照らされ妖しく光る黄金は妙な感覚を覚えさせる。

 まるでコーヒーの溶けきらない砂糖のように、ドロリとした暗闇は重みを増していた。


「明かりを変えようか」


 蛍光灯を消し、代わりにそこへ持ってきたランタンに火を灯した。

 火は静かに揺れている。


「マダラの居場所をつきとめた」

「ヤツハ、ドコニイル」


 何万人もの命を奪った、生物学者。

 居場所を転々とし、決して跡を辿られないように関係者を全て始末している男。

 の弟の仇で、機械の生涯における任務の標的。

 蝶という名を飾った毒蛾だ。

 何度も、すんでのところで逃げられてきた。

 機械は高揚していた、心臓が炎のようにグラグラと揺れていた。

 鼓動が、高鳴っているのを感じた。


「この街に、潜伏してるよ」


 少年は、機械にそう希望を零して。

 揺らめく炎は黄金を煌々を輝かせ、滴るスプーン越しに、拳を強く握った鉄屑を眺めた。



      〇



「でワ、俺はこの街を出ルが」


 身長が、3mにも及ぶ覆面の男が言った。


「好きにしろ、私にはまだ課題がある、貴様の決定などに左右されるものでは無い」


 ガスマスクを着けた、大きな蝶々の羽を持つガタイのいい男が言った。


「あァ、わかっテいるつもりダ」

「蜘蛛ごときが、私の何を理解していると言うつもりだ」

「……」

「あまり図に乗るな、私はあくまで、私自身の目論見のために貴様らを利用しているに過ぎん」

「お前モ、だがナ、アマり調子にノるな」


 覆面の男は、地に付くほどに長い鉤爪を、ガスマスクの男に突きつけた。


「全くもって、くだらん」

「……」

「ひとつの生命として、まだ完結を知りたくないのだとすれば、さっさと私の前から消え失せることを推奨しよう」

「……利用していルにしロなんニシろ、今ハ仲間だ、争うノはよそウ、また……次の機会ニ話ソう」


 そう言って去って行く蜘蛛に、ガスマスクの男は────毒蝶は舌打ちを打った。

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